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生前、友人間で乙女ゲームが流行した。
発案者は確か「男を磨く!」と言っていたか。
箸が転げても可笑しいお年頃だったこともあり、俺たちはゲームを回し合っては、挨拶のごとく作品内の名言を会話の中に盛り込んで遊んでいた。
結果を先に述べるなら、男は全く磨かれなかった。顔を変えて出直しな、との抗いようもない壁に激突してしまったためだ。
『Chronic garden』もその中のひとつで、多用されたのは王子の台詞だった。
場面としては、嫌がらせを受け、水を被ったヒロインの前に現れた王子が、決め顔で指ぱっちんし「彼女にタオルと制服を」と使用人を呼びつけるものだ。
何を思ったのか俺たちがやると、体操着を出されるというのがセオリーだった。
改めて思い出しても、ふざけたことしかしていない。真面目が死滅している。
彼等は元気だろうか。かっこよく長寿決めろよ。
さて、問題のこのゲームだが、登場人物に『リヒト・レテ・ケルビム』という、指ぱっちん王子がいる。先程庭で僕が殿下と呼んだ少年だ。
更に将来彼の護衛となる『クラウス・アリヤ』……隣にいた、やたら爽やかな少年だ。
そしてヒロインを苛めるライバル令嬢『ミュゼット・コード』お嬢さまと、彼女にお仕えしている『ベルナルド・オレンジバレー』がいる。
改めて頭を抱えて息を吐く。
そう、今日僕は『ベルナルド・オレンジバレー』になった。お嬢さまに忠誠を誓う、執事見習い。
喜ばしいことのはずなのに、果てしなく気が重い…。
何故ならばお嬢さまは悪役のため、話の都合上ご退場されてしまうからだ。
直訳すると、お嬢さまの死亡エンドが乱立している。これは由々しき事態だ。
僕の主はミュゼットお嬢さまただおひとりであり、お嬢さまの御身が息災であるよう整地するのが僕の役目だ。
ここが本当に件のゲームの中なら、僕は制作会社へ体に爆弾を巻きつけて特攻しなければならない。お話をしましょう(強制)と。
下らない恨み節に時間を割くより、話の内容を思い出そう。
あれこれゲームを嗜んだせいもあり、他の話と混ざっている部分もある。がんばれ、僕の記憶力…!
大まかな話の流れは、ありふれた乙女ゲームと変わらなかったはずだ。
然る田舎に住まう平凡な女の子、ヒロインがある日癒しの魔術を発現し、王都のユーリット学園へ編入が決まる。
そんなお決まりの展開から始まり、キラキラ顔の男達と和気藹々と過ごす。
変わっている点を上げるとするならば、このゲーム、恋愛シュミレーションゲームのはずなのに、戦闘システムが搭載されているところだろうか。
そのためパラメーター上げは重要な作業で、場合によっては選択出来る攻略対象が増減する。
前半はほのぼの育成ゲームで、中盤は戦闘ゲーム、後半は鬱ゲームと分かれる三パート編成が醍醐味だ。
そうだ鬱ゲームだ。
戦闘でうら若き少年少女等は心に傷を負い、トラウマを抉られずたぼろのボロ雑巾となるため、ヒロインという名のカウンセラーとともに苦しみを乗り越え真実の愛を手に入れる、という話だったはずだ。
前半の指ぱっちんとの落差が激しくて、泣いた覚えがある。
確かお嬢さまも、前半までならヒロインに対して友好的だった気がする。婚約者の王子にさえ手を出さなければ。
王子はそんなお嬢さまに構うことなくヒロインの前に現れるが。空気を読んでくれ、王子。
いがみ合っていないお嬢さまとヒロインは、色合いもあってか桜餅のようだったと記憶している。
お嬢さまご自身がのほほんとされているお方なので、和平に持ち込めるなら持ち込みたい。
エンディングが死亡か処刑かの二択なんて、あんまりじゃないですか?
現状、僕たちは8歳。物語自体は16歳で始動する。
それまでにフラグを根絶やしにして、ヒロインさんに和平を持ちかけよう。そうしよう。
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