シーン4:エリーゼの私室

2/2
336人が本棚に入れています
本棚に追加
/261ページ
 ムードも情緒もない大声の告白に、エリーゼの目がうるりと潤む。 「ギルのばかっ」悪態をついた彼女が小鳥を両手で包んだ。 『待ってろ、エリー! 俺がお前のこといじめた真犯人を捕まえてやる!!』 「いじめられたわけじゃないわよ!? 不名誉なこと言わないでよ!!」 『だからエリーはしっかり風邪治すんだぞ!! 俺は早くお前に会いたいからな!!!!』 「ギルあなた! 人の話聞きなさいって、いつも言ってるでしょう!? 会話まで猪突猛進に振り切れないでよ!!」  顔を真っ赤にさせて怒鳴るエリーゼへ、小鳥が小さな羽を懸命に広げてぴいぴい鳴く。  ——おめでとうございます、といえばいいのかしら……?  嫌疑をかけられているミュゼットは、途方に暮れていた。 『よし!! ミュゼット、手紙の中身は何だ!?』 「はわわ!?」  唐突に矛先を向けられ、ミュゼットの身体が跳ねる。  エリーゼのじと目に晒されながら、彼女は封入物を説明した。 「えっ、ええと、四つ折りの紙と、……粉薬、ですわ」 『実際に送ったものは何だ?』 「便箋を一通、二つ折り、ですの」 『ふむ。その四つ折りの紙には、何て書いてあるんだ?』  小首を傾げる小鳥の疑問に、恐々とミュゼットが用紙を開く。  ぽとりと、しおれた赤い花が床に落ちた。  ミュゼットとエリーゼが瞬く。 「……赤い花がはさまっていましたわ。……中には『しあわせのおまじない』と書かれていますの」 「なんなの、これ……。リコリス?」  床に落ちた花をエリーゼがつまみ上げる。  しげしげと見詰めた彼女は、小鳥のつぶらな瞳の前に、その花をかざした。  しおれたそれは花びらが丸まり、元の鮮やかな色彩を沈着させていた。 『何だそれ。くしゃってしているな?』 「この辺で見ない花よ。私も図鑑でしか見たことがないわ」 『ほーん? コード領には咲いているのか?』 「いいえ……。筆跡ふくめて、はじめて見ましたわ」  ミュゼットが、小鳥の前に四つ折りの用紙をかざす。  並ぶ右肩上がりの弾んだ文字を見下ろし、エリーゼは顔をしかめた。 「うそついてないわよね?」 「ついていませんわ!!」 『……確かに。これ、誰の字だ? リズリットか?』 「リズリットさんは、もっと……自由奔放な文字を書かれますわ」 『言葉を選んだな??』  そっと目線を逸らしたミュゼットに、ギルベルトが突っ込む。  まじまじと紙を見下ろしたエリーゼが、むむむ、眉間に皺を寄せた。 「利き手じゃない方で書いたんじゃないの?」 「そうなりますと、リヒト様以外は左手で書いたことになりますわ。インクで擦れるので、もっと紙面が汚れると思うのですが……」 「むむっ」  横書きの英字に擦ったあとはなく、エリーゼはますます渋い顔をした。  はたとミュゼットが顔を上げる。 「そういえば、『しあわせのハンカチ』の手順に、赤い花を使っていましたわ」 『何だ? ハンカチ?』 「恋愛成就のおまじないですの。わたくしが1年の頃に流行りましたわ」 『ほーん?』  ミュゼットが、ギルベルトとエリーゼに、縁結びのおまじないの説明をする。  白いハンカチに、赤い糸で意中の相手の名前を刺繍する。  ハンカチを口に当て、3回相手の名前を唱える。  赤い花を浮かべた水にハンカチを浸し、奥からすくって月明かりの下に置く。  翌日から肌身離さず持ち歩くと、両思いになれる。 『はー……。女って、よくわからん生き物だな……』 「ちょっと、一括りにしないでよ!」  ミュゼットの説明に、気の抜けたため息をついたギルベルトが、ううむ、唸り声を上げた。  石の小鳥が、小さな翼をくちばしの下に当てる。 『赤い花か。じゃあ何だ? エリーはおまじないキットを送りつけられたのか?』 「おまじないキット……」 「心底いらないわよ。着払いで送り返すわ」 「着払い……」  むすりとヘッドボードにもたれたエリーゼが、疲れた様子で腕を組む。 「お茶をお淹れしますわ」立ち上がったミュゼットを赤い目が追う。 「……変なものいれたら、容赦しないから」 「そんなことしませんわ!!」 「私、まだ死にたくないもの」  晴れない嫌疑に、ミュゼットの否定が大きくなる。  エリーゼは体力の限界なのか、今にも横になりそうだった。 『で、この話を聞いたのが保健室だったよな? なあエリー、エリーが聞いた絵画の怪談。あれ、どこ発祥だ?』 「保健室よ。フィニールに知っているかどうか、聞かれたのよ」 『またあの保険医か……』  羽ばたいた小鳥がサイドテーブルに着地し、ふむ。長考のポーズを取る。  王城へ立つ前に、ミュゼットは所見をギルベルトへ語った。 『七不思議なあ』小鳥の首が、滑らかに傾げられる。 『わかった。俺の方で、七不思議とやらを洗い直してみる!』 「たかが怪談よ?」 『もしもベルナルドが言った通り、何か隠したいことがこの怪談の裏にあるのなら、立証してしまえば証拠になるだろ? 保険医を問いただすにしても、材料がなければ話になんねーからな!』  ハッとしたミュゼットとエリーゼが、小鳥を見遣る。  器用に翼で腕組みした小鳥は、ぴいぴいと賑やかだった。 『よっし! ユージーン!! ノエルとエンドウとリズリットに声をかけてくれ!! あとはそうだな……』 「ギル、あなたっ、危ないことはしないでよ!? ただでさえ運動おんちなんだから!」 『お、俺だって、階段昇降くらいできるわ!!』  エリーゼの心配に、ショックだといわんばかりに小鳥がわななく。  はたと、ギルベルトの声音が落ちた。 『なあ、エリー。俺が送った手紙はどうだったんだ?』 「あなたの手紙は普通だったの」 『そうか。なら、確認だ』  小鳥の片翼があげられる。 『ひとつ。どうやってミュゼットの手紙の中身をすり替えたのか? 封は閉じていたんだよな?』 「ええ」  ミュゼットが手紙を裏返す。  ペーパーナイフで裂かれた箇所以外は、封筒に切れ目や開封したあとは見られなかった。  ますます彼女の表情が落ち込む。 『ふたつ。保険医および保健室が怪しいとして、その証拠は? これはこちらで七不思議を調べる』  ミュゼットの送った手紙から出てきた、赤い花と『しあわせのおまじない』の文字。  そしてベルナルド、リズリット、ノエルが階段で聞いた、雨の音。  それらを『注意喚起』する保険医。 『みっつ。毒薬と思わしきものを手に入れたんだ。これからクラウスをそちらへ送る。あいつに回収させて、鑑識に回させろ』  弾かれたように、エリーゼがサイドテーブルを見遣る。  ——確かに。彼女が思う。  もしもこれが本当に毒薬なら、隠滅された成分が明るみになる。 『あとは、リヒトにその筆跡を見てもらえ。あいつ、普段から書類地獄にいるからな。見かけたことのある文字なら、反応があるはずだ』 「……お兄様は、信用できるの?」 『ははっ、もしも怪しく思うなら、ベルナルドを人質に取ればいい! エリーの権限なら、そのくらい余裕だろ!』 「ギルベルト様!? なんてことを……!」  ギルベルトの軽快な笑い声に、ミュゼットの顔色が悪くなる。  にやりと悪い笑みを浮かべたエリーゼが、にやにやと彼女へ目を向けた。 「ええ。名案ね」 『よし! ならミュゼット、アルバートとベルナルドを借りるぞ!! 俺は今から、七不思議を総当たりしてくる!!』 「ううっ、わかりましたわ……。お手柔らかに……」 『鳥は念のためにつないでおく。何かあったら話しかけてくれ!』  じゃあな!! 粗野な挨拶を残し、小鳥が石のように沈黙する。  ぼすんとベッドに横になったエリーゼが、ふらふらと扉を指差した。 「ギルと話したら、何か吹っ切れたわ。ノアを呼んでちょうだい。あなたは帰ってはだめ。ここにいなさい」
/261ページ

最初のコメントを投稿しよう!