番外編:まずは筋肉からアプローチ

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番外編:まずは筋肉からアプローチ

 始めは人攫いかと見紛うほど強引に、自分より小さな身体を浚っていた。  ベルくんは短い悲鳴を上げて、けれども俺だとわかると、大人しく俺の頭を撫でてくれた。  薄い胸に耳を当てて、心臓の音を聞く。  俺以外の誰かが生きている音に、震えていた身体が落ち着くのがわかった。  どうしてベルくんなのかと聞かれれば、始めに仕留めた獲物だからとの意識が強い。  クラウスは絶対に嫌だった。  アルバートくんなら、まあ構わない。  ベルくんがいなくてどうしようもないとき、代わりにアルバートくんを捕獲したことがある。  驚いたのか緊張したのか、心音がずっとどきどきしていて、少し笑ってしまった。  それ以来アルバートくんは俺を警戒している。  隙なんか見せてくれない。かしこい子だ。  ある程度俺の様子が落ち着いてきたところで、クラウスの母親が直々に俺の教育を買って出た。  どうやらベルくんの髪を引っ張ったのが、相当琴線に触れたらしい。  毎朝迎えに来る馬車に、あんなにこわい思いをしたのに、心の底から恐怖した。  けれども泣こうが喚こうが、ニーナさんは引く様子を見せない。  諦めた。  齢11にして悟った。  この人には、大人しく従おうと。  そういえば昔、クラウスに「父ちゃんと母ちゃんどっちが怖い?」と尋ねたところ、とても遠い目で「母さん……」と答えていたのを思い出した。  むしろ身を持って知った。  お前ん家の母ちゃん、こわいな……。  初日の授業後、泣きながらベルくんを抱き締めて、めちゃくちゃ謝った。  心の底から謝った。自らの愚行を悔いるように謝った。  ベルくんに嫌われたら生きていけないとまで言って、泣いて泣いて泣きじゃくった。  流石のアルバートくんもどん引きした顔をしていたけれど、真理だから仕方ない。  ベルくんは物凄く困った顔で、必死に俺を泣き止まそうと宥めてくれた。  それがまた愚行を悔いる形になり、負の連鎖に陥る。  最終的に、カレンさんが間に入ったことで終戦した。  コード家の滞在期間終盤には俺の体力も戻り、ベルくんを抱き上げられるまで回復した。  ひょいっと持ち上げられたベルくんは、それはそれは衝撃を受けたようで、今まで見たことのない悲壮な顔をしていた。 「もっと鍛えます……」呟いた声は震えていた。  正直悪いことをしたと思っている。  あんなに悲しむとは思わなかった。  元々体力には自信があったんだ。  でも多分、クラウスも同じこと出来るんだよな……。  思ったことは口にせず、「ごめんね」微笑んでやりたいことを優先させた。  一日の終わりに心臓の音を聞く。  他にも日課はあるけれど、これは特に欠かせない。  今でもあの日を夢の中で繰り返す。  けれども厳しい先生のおかげで、日中忘れていられる。  周りの人間にも恵まれた。  俺を律してくれるニーナさんと、甘やかしてくれるベルくん、カレンさん。  アルバートくんも、頼み込んだら少しだけ構ってくれる。  ここの娘さんのミュゼットちゃんは、カレンさんにとてもそっくりで、カレンさんに甘えた分恥ずかしさを覚えてしまう。  今はまともに顔を合わせられないけれど、ニーナさんの教え通り、いつかは紳士的に振舞いたい。  勿論ベルくんにも。もう二度と無様な格好は見せたくない。  あーでも、ベルくんにはまだまだ甘えていたい。難しいなあ。
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