第2話・美味い話には裏があるとは言うけれど

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「ごめん、撮影が押してて、そっちに行くの遅くなりそうなの! 都築には昼には行くって言ってあるから大丈夫! 1105号室だから!」  三十分前に姉さんからそう連絡が入っていた。そして俺は指定された住所に建つ金持ち臭のするマンションを見上げて怖気付いていた。  庶民の俺が立ち入って良いものかと挙動不審に辺りを見渡してからエントランスに入る。グレーのタイルと白の壁の落ち着いた雰囲気の空間。そそくさとインターフォンの前に行って、「1105」のボタンを押す。  ドキドキしながら、都築さんが出るのを待つ。 「あ? 誰だお前」  聞き間違いだろうか。なんだか、ドスの効いた声が聞こえたような気が。 「家政夫として働かせてもらう予定の、笹目倫太郎です」  と答えた瞬間、オートロックの扉が開いた。インターフォンは切られている。無言で。  ──なんだかめちゃくちゃ悪い予感がします。  さっきまでの緊張感からくるドキドキは、お化け屋敷に入る時の恐怖に近いものに変わっていた。  十一階までエレベーターで上って、角部屋の1105号室の前で固まる。唾を飲み込み、意を決して震える指で部屋の前のインターフォンのボタンを押した。  扉が開いた、と思った瞬間。隙間から出てきた手が俺の胸ぐらを掴み、部屋に引っ張り込んだ。 「わっ、ちょっ──」 「お前どこのもんだッ! ああ?!」  眉間にシワを寄せ堅気のそれとは違う鋭い眼光で睨み付ける男に、完全に言葉を失った。そして、姉さんの「お願い」がやはり災厄であったのだと痛感する。  それが、俺と、都築一成との衝撃的な出会いだった。
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