トイレのはなこさん達-1-

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トイレのはなこさん達-1-

 二階の四年生のトイレには、ある噂があった。  五つある個室の真ん中のドアをノックして、こう呼ぶと返事があるという…… 「花子さん、花子さん」  女1…華子。十五歳。幽霊が見える受験生。  女2…花子。<トイレの花子さん>とは彼女のこと。永遠の十歳  深夜の小学校。  女がひとり(女1/華子)、二階の四年生のトイレにこっそりと入っていく。  そして、五つある個室の真ん中をノックして。 女1「花子さん、花子さん」  暫く無音。 女1「? 花子さん、花子さん。……花子? ねぇ、花子、いないの?」  再びノックするが、また無音。  女1、乱暴にドアをノックしまくる。 女1「ちょっと! 花子! いい加減出てきなさいよ! こんなとこでひとりじゃ怖いじゃないの! ……ちょ、ちょっと……成仏しちゃったの? ねぇ? ねぇったら!」  痺れを切らして、返事を待たずにドアを勢い良く開ける。  と、中から女2(花子)がものすごい形相で倒れてくる。 女1「ぎゃあああああ!!!!!」 女2『うわああああ!!! うっ、うっさいわね! 鼓膜が破れるじゃない!!』 女1「何抜かす!!! こっちは心臓が破裂しそうだったわよ!!!!」 女2『心臓が動いてると何かと不便ね』 女1「こんなことがない限り不便なんかないわよ!」 女2『久しぶりじゃなぁい、ハナ』 女1「何言ってんのよ……先月会ったばっかじゃん」 女2『乗り悪いわね。これにも文句言わず付き合う!』 女1「えぇ……もぉ何百回目よ? それ」 女2『え? そんな何百回もやった? ハナが小四の時からだから……せいぜい何十回目くらいでしょ?』 女1「おんなじ!」 女2『お願い! やって! やってやってやってやってやってやってやっ……』 女1「はいはいはい! やります!」 女2『よしきた! じゃあ、ハナ、入り口の方から歩いてきて』 女1「はいはい」  女2、映画の監督のような格好で、女1を見る。 女2『いくよっ……よぉい、はい!」 女1「はぁ……花子! ほんと久しぶりね!」 女2『ねぇ! 卒業式以来じゃない? どう? カレシできた?』 女1「できるわけないじゃぁん。女子中だよ? それに今年受験。勉強で忙しいのよ」 女2『あたし……できたんだ、実は』 女1「えっ、マジで? それ、マジで?!」 女2『嘘に決まってんじゃん。何マジになってんの?』 女1「嘘かぁい!!」 女2『ここのどこに、ルックス・性格・財布と三拍子揃ったイケメンとの出会いがあるってぇのよ?』 女1「完璧を求め過ぎんな! どこかで妥協は必要よ!」 女2『てか、そういう問題じゃないけど、あたしの場合』 女1「そうですよねぇ!!」 女2『何自分で突っ込みましたって顔してんのよ!』 女1「てか、満足しました?」 女2『うぅん、まあまあかな』 女1「贅沢ものめ」 女2『仕方ないじゃない。ここにいたら、退屈なんだもん。ちょっとは普通の女子達がばったり会った時の新鮮さとか味わいたいじゃない?』 女1「毎月会ってる相手と、ばったり会いましたごっこしても、マンネリ化するわよ」 女2『そこは贅沢言わないわ』 女1「おい」 女2『だってぇ、ハナみたいに幽霊が見えて、付き合ってくれる人間なんてそうそういないもの』 女1「わたしの時も無理矢理だったじゃん」 女2『無理矢理とは失礼ねぇ。助けてあげたでしょ? あそこであたしが文字通り出なかったら、ハナはびしょ濡れだったのよ?」 女1「ま、まあ……そうだけど」 女2『まっ、あたしも良いイケニエが見付かったけどねぇ』 女1「イ、イケニエって……! ……まあ、似たようなもんか」 女2『失礼ね』 女1「自分で言ったんでしょ。……改めて思うけど、小学生の洗面台ひっく。こんな低かった?」 女2『最近どう?』 女1「さっきも言ったでしょ? 受験。忙しいの、勉強で」 女2『それでもここには来てくれるんだ』 女1「塾の帰りのついでよ」 女2『……友達とご飯食べながら勉強する?』 女1「……い、いいでしょ? 親に何て言ってこようが、向こうが納得すればいいんだから」 女2『まあ、嘘では、ないもんね』 女1「……まあ、ね」 女2『最近、どう?』 女1「どうしたの? 花子、ボケてきたの? 花子でも何十年もそれやってたら、痴呆が始まるの?」 女2『脳みそがないのに始まるわけないじゃないの! あたしが訊いてんのは、友達が本当にできたかってことよ』 女1「そっちこそ、最近はどうなのよ? まだ<トイレの花子さん>っていう噂の元凶、懲りずにやってんの?」 女2『したくてしてんじゃないってば』 女1「楽しんでるくせに。わたし達の時も、確かめに来た子達をおどかして笑ってたじゃない」 女2『最近の子は、信じないのよ。学校でもスマホいじってるしさぁ。でも、あれ面白いのね! あっ、ねぇ、ハナ今持ってる?』 女1「え? 持ってるけど、何?」 女2『貸して貸して! ちょっとやってみたいゲームがあるの!』 女1「えぇ……ゲームすると結構電池くうんですけどぉ」 女2『いいじゃんいいじゃん! 友達のお願いを無視する気?!』 女1「あぁはいはい。何やりたいのよ?」 女2『キノコ収穫したいの、キノコ』 女1「あぁ、しめじ栽培ね」 女2『あれ可愛くない?』 女1「わたし、羽あるやつ好き」 女2『そんなんいるの?! 見たい見たい!』 女1「待って待って。さっき収穫したから」  女1、スマホを取り出して女2に見せる。 女2『きゃぁ! カワイイ! あ、これいいなぁ』 女1「これなっかなか出なかったのよ。あ、これもレア」 女2『ストラップあったよね? あたし、付けてる子見た。人気なんだ」 女1「わたしはやっぱ羽しめじだなぁ」 女2『今度お揃でなんか買おうよ?』 女1「花子、お金持ってんの?」 女2『トイレに来た子から借りるわ』 女1「いけません! 返せないでしょ!」 女2『じゃあ、ハナから借りる』 女1「わたしにもどうやって返すのよ?!」 女2『トイレに来た子から借りる』 女1「堂々巡りじゃないの!」 女2『じゃあ、どうすればいいのよ?!』 女1「知るか!」 女2『何のために勉強してんのよ?! 受験生! あぁ! ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほ……』 女1「わっ、分かったわよ! はい!」 女2『……なにこれ?』 女1「ガチャガチャで偶々ふたつ当たったの。通常しめじ。ふたつもいらないからあげる」 女2『普通のヤダ』 女1「ワガママ言うな! てか、どうやって持つの?」 女2『あ、それ考えてなかった……受験生!」 女1「言っとくけど、世の受験生は、あんたとこの世の辻褄合わせのために勉強してるわけじゃないからね」 女2『言われなくても知ってるし分かってるわよ』 女1「あんたってつくづくヤな女ね」 女2『お褒めに預かり光栄。うぅん、でもほんとどうしよう? せっかくお揃なのに』 女1「このトイレのどこかに飾る?」 女2『落し物だと思われて、持ってかれちゃうよ……あっ、<トイレの花子さん>って名前書いとく?』 女1「それこそ悪質な悪戯だと思われて処分されちゃうわ!」 女2『なんでよ?! 持ち物には名前を書きましょう! これ常識!』 女1「自分を常識の範囲で考えるなよ、トイレの幽霊」 女2『ぐはッ……』 女1「次の時までに何か良い方法を考えてくるわ」 女2『それまでお預けかぁ。あっ、でも、ストラップじゃなかったけど、なんだか懐かしいね』 女1「何がよ?」 女2『ハナのキーホルダー。このトイレに隠されてさ、ハナがここに来た』 女1「いつの話してんの……そんなこと言うなら、帰るよ」 女2『今日もね、ひとりここで泣いてる子がいてさ。でも、あたしの声、届かなかった』 女1「当たり前でしょ? 花子は幽霊なんだから」 女2『ハナ、まだ本当の友達はできない?』 女1「だから、帰るよ? そんなこと言うと」 女2『あたしね、ほんとは知ってたの。だって、あたしはいつもここにいる。あいつらが、ハナの大切なキーホルダー持ってここに来た時、何をしようとしてるのかも。ハナがあたしのこと、見えてること知ってたから、報せることもできた』 女1「……ねぇ、ほんとなんなの? 何が言いたいのよ? 花子」 女2『ハナが嫌な思いする前に、あたしはあいつらを追い払うこともできたってこと。でも、あたしはそうしなかった』 女1「花子……」 女2『ドアを押さえたのね、あいつらじゃないの。あたしなの」 女1「え? それ、どういう……」 女2『だって、あたしは<トイレの花子さん>。怖がる子どもが好きなの』 女1「で、でも、ドアの前に、あの子達いたじゃない! 押さえてたじゃない!」 女2『ハナは混乱してたから。あいつら、トイレの中で泣いてるハナを水の入ったバケツ持って待ち構えて、笑ってたから。で、面白がって『はなこさん、はなこさん』って呼んだから』 女1「なんなの……」 女2『あたしも面白がって出てやったら、あいつら怖がって逃げてった。で、ハナはあたしを救世主と思った』 女1「なんで今さら……?」 女2『ハナは、お礼に、あたしと月に一回会う約束をしてくれましたとさ……というお話でした」 女1「……ふざけてんの? 帰る。ごめん、もうここに来ない。勉強も忙しいし。ここに忍び込むのほんと大変だし! もう……もう成仏でもなんでもしちゃえば!」 女2『怒るなよぉ』 女1「はぁ?! 友達に裏切られて、怒るなって方が無理でしょ! なによ! 花子なんて……花子なんてッ……」 女2『友達、か……ねぇ、幽霊と本当に友達になれると思う?』 女1「なれなかったら今までなんだったの?! 友達じゃなかったの? 馬鹿みたいじゃん、わたし……月に一回、楽しみにしてるわたし、馬鹿みたいじゃん」 女2『楽しみに、あたしもしてたよ。でも、もう終わり』 女1「……え?」 女2『あたしね、成仏しようと思ってるの』 女1「えっ……そ、そんな急に?」 女2『なによ? さっきは『成仏でもなんでもしちゃえ』って言ってたくせに』 女1「で、でもっ……」 女2『子どもに怖がられなくなったおばけほど悲しいもんはないのよ? そろそろ逝こうかなぁって』 女1「えっ……でもっ! ストラップ! どうすんの?! お揃いだよ! 今逝ったら、持ってけないじゃない!!」 女2『あ、それ、来月でいいよ』 女1「は?」 女2『逝くってのは嘘だから』 女1「うそかああぁぁい!!!!!!」  ~終わり~
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