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溺れるくらい愛してる
ポコン
スマホから低い呼び出しの音が鳴った。きっと彼からに違いない。デスクの周りを見渡しながら、そっと送られてきた文字を読み取った。
『今日は、とり鍋が食べたいです』可愛らしいハートマークが見える。『わかったよ』と短い返事を返した。
颯斗は出会った頃から何も変わらない。私の年下の恋人だ。
入社してきた頃の彼の印象は、自分の意見をきちんと伝えられるしっかりした青年だと思った。真新しいスーツ姿に、さらさらとした真っ黒な黒髪は襟足にかからない程度に切り揃えられていて、切れ長の瞳に、スッとした鼻、ぽってりとした唇。
入社して数ヶ月で、女性社員からモテてていたし、仕事は不器用な部分もあったが、丁寧にこなしていた。
私は見た目だけじゃない彼の仕事に対する向き合い方を好ましく思っていた。
一年が過ぎて違う部署から移動してきて、私の部下になった。
「嶋谷さん、この資料確認してくれませんか?」
手渡された資料の束が文庫本くらいの厚みがある。
「私じゃなくてもいいと思うが」
柔らかな物腰で断りを入れる。
「だめですか? 誰も確認してくれないので、仕事としてあっているかがわかりません」
仕事に対して、こうも真面目な青年もまれだ。真面目すぎて周りから煙たがられることも多いだろう。
はぁと大きくため息をついて、書類に目を通した。データ分析、レイアウトも、きちんとで来ている。
「よくできている。このまま預かるよ」
緊張していた表情が、柔いで目を細めた。
「ありがとうございます。嶋谷さんが忙しいのは知ってました。すみません」
会釈をされて、
「いや、部下の仕事を見るのは私の仕事だよ」
笑って答えた。
「し、嶋谷さん!あの、そ、相談があります」
突然大きな声をあげるから、目をみひらいて驚いてしまった。松波君が慌てている。
「夜、飲みにでもいくか? その時、話を聞くよ」
表情が変わる。
「はい。じゃぁ、残業しないようにが、頑張ります」
バタバタと足早に自分のデスクに戻って行った。普段クールに見える彼が、慌てる姿に可愛いと思ってしまった。
会社に勤めて十五年くらいになる。
結婚もしたが、上手くいかず五年前に離婚。理由はわかっている。セックスレスだ。彼女は子供が欲しいと言ったが、言い訳ばかりをつけて作らなかった。
20代半ばくらいから、自分の恋愛対象はもしかしたら同性なんじゃないかと気づきはじめて、それでも自分が世間から外れるのが嫌で、私を好きと言ってくれた彼女と結婚した。今思えば申し訳ないと思う。
別れてからも心奪われるような相手はいなかった。興味本位ではってんばに行き、一夜だけと体を繋げたこともある。
何度かそういった行為はしたが、あまり向いていないと思って、行くのを止めた。誰でも対象になるわけでもなく、セックスは相手がいてするよりも、一人でする方がまだよかった。
もしかすると、性欲があまりないのかもしれない。
カミングアウトしたことはないがわかる人にはわかるらしい。
居酒屋のカウンターの隅で、ビールを飲む。まだ週半ばでも賑わっていた。
松波君から仕事の相談を淡々とされて、それに答えた。素直な彼は、考えては頭を抱えて、答えがわかれば笑った。会社では見れない姿に印象が変わっていく。
突然、
「嶋谷さんは、彼女とかいますか?」
震える声で問いかけられた。
「離婚してからは、誰とも付き合ったことはないよ」
答えると、心なしか嬉しそうに見える。
「もてますよね?」
「いや、もてないよ。怖がられてはいるだろうけど」
ビールを飲み干した。
「嶋谷さんは怖くないです。仕事に真っ直ぐなだけだと思います。フォローも絶妙だし、皆頼りにしてます」
前のめりで褒められた。
くっくっと笑って、
「ありがとう」
松波くんにお礼を伝えた。
「あ、あの、聞いてもいいですか」
なぜか意を決したような顔で見つめられた。
「いいよ」
「嶋谷さんは、同性での恋愛をどうおもいますか?」
新しくた飲んだビールを吹き出しそうになった。
「偏見はないけど、どうした」
ごほごほ咳をしながら答える。
「今好きな人が同性で、俺は世間で言うバイ、女性も男性も恋愛対象になるんですけど」
最近の子は突然さらっとカミングアウトしてくるものなのかと驚いた。
「誰でもいいんじゃなくて、その人が好きなんです」
嬉しそうに笑うから、少し羨ましくなる。
「松波くんの好きな人は偏見持ちそうな人なのかな」
訪ねると、
「そんな人じゃないです。きっときちんと区別なく見てくれてます」
恋をしてるって凄くいいものなんだと彼を見ると思ってしまう。
「伝えてみたらいい」
松波くんの背中を押してあげたくなった。
松波くんが私をみて、
「本当にそう思いますか?」
聞くから、
「思うよ」
即答した。
いきなりテーブルに置いた手を握られて、
「俺、嶋谷さんが好きです」
真っ赤になって告白された。
「男だぞ」
「知ってます」
「松波君、落ち着いて」
自分が落ち着いていなかった。
背丈は彼とあまり変わらないが、同い年の奴らより白が混じりの髪、たれ目で鼻だって高くもないが低くもない。唇は薄いし、何より童顔だからメガネのフレームはガッチリしたきつめのものにしている。どこに好きになる要素があるんだ。
「し、嶋谷さんは、俺みたいなガキは嫌ですか?」
真っ直ぐ、真剣な瞳から目がはなせない。
「嫌? 君ならモテるだろ。何もこんなおっさん選ばなくても」
痛いくらいに手をさらに握られて、
「嶋谷さんがいいです」
眉間にシワを寄せながら困ったような、悲しそうな表情で、下唇を噛んだ。
「悪かった」
傷つけてしまったことに謝罪した。
「私は、バツイチで松波君よりも年も離れているし、今さら誰かと付き合うなんて考えたこともない」
噛んだ唇が赤みを強くしている。
「嫌ではないんですか?」
迫られて、
「嫌ではないが、対象として」
断りを入れたいのに言葉を遮られて、
「じゃぁ、お試しで、3ヶ月!嫌じゃないなら付き合ってください」
彼の顔がさらに、近づいた。たじたじになりながら、
「君が望む付き合いかたなんてできないぞ」
精一杯の返事をする。
「はい。それでもいいです。少しでも俺の事知って、好きになってください」
ふわっと笑顔になった。
若いって羨ましいなと、ふっと笑ってしまった。
「嶋谷さんの笑った顔、可愛いです」
くったくのない笑顔に自分の顔がさらに緩んでいくのがわかる。
「君の方が可愛いよ」
くっくっと笑ってしまった。
「あ、あの。二人の時だけ、きょ、恭介さんて呼んでもいいですか?」
耳まで真っ赤にして言うから頷いた。
彼のお酒を飲むペースが早くなる。緊張していたようで喉もカラカラだとビールジョッキを一気に飲み干した。
人に好かれることが心地いいと、久しぶりに感じる。胸がほわっと暖かくなった。
「恭介さんは」と彼からたくさん質問をされて、彼の話もたくさん聞かされる。松波君は三兄弟の末っ子で、甘いものが好き。私のことは入社してすぐに、好きになったと明かされてる。振られなくてよかったと笑いながら、まっすぐ見つめてくる瞳にどきりとして、年甲斐もないと思ってしまった。恋愛はさけてきたぶん慣れていない。
告白されて数日、仕事が終わると二人で過ごすことが増えていった。お互いの気に入った店に行って食を共にする。和食、洋食、中華、松波君は好き嫌いがないから何を食べても嬉しそうで、若いからたくさん食べる。食事が楽しいと思うのは久しぶりだった。
「今日は、俺がだします」
お会計の際に、財布を出そうとしたら松波君に止められた。
「気にすることはないぞ」
彼を見上げた。
「気にします。い、一応、つ、付き合ってるんですから、俺にも出させてください。たまには、格好つけたっていいですよね」
クールな彼が困った顔を見せるから、
「じゃぁ、今日はご馳走になるかな」
財布をいつも使っているキャメル色の鞄の中におさめる。
レジで彼の立ち姿を見て綺麗だと思った。背筋が真っ直ぐ伸びて、紺色のスーツがよく似合う。ジャケットは片腕にかけているがシャツもアイロンがかかって好感がもてる。
振り向いて、
「お待たせしました」
「ご馳走さま」
店をでて、駅に向かって歩き出した。
「恭介さんは、今度の土日はなにか予定とかありますか?」
「土曜日は午前中に用事があるから、日曜日は特には予定がないな。掃除か、あとはビデオでも見るくらいだよ」
一人になってから、休みはのんびりと過ごしている。レトロ調の喫茶店に行くことも、小旅行に行くこともある。
ただ、最近は仕事が忙がしくて家にいることが多かった。
「日曜日、会えませんか?」
聞こえるか、聞こえないかくらいの声が耳に届く。
「そんなに忙ぎの仕事を頼んだ覚えがないが」
彼の足がピタリと止まった。
「違います。デートに誘ってるんです」
デート。自分と無縁すぎて言葉も出ない。
「日曜日、出掛けませんか?」
「私と出掛けても楽しいことなんて何もないぞ」
「休日の恭介さんと会いたいです。楽しいか、楽しくないかは俺が決めるので、了承の返事をください」
普段仕事で感情を表に出さない分、二人きりの時ははっきり言葉にしてくるから、断われなくなる。
「そこまで言うなら。ただ、どこに行くかは松波君が決めてくれると助かる?」
「やった!」
突然抱き締められた。ふわっとフレグランスの香りが鼻を掠める。
「ま、松波君」
心臓の鼓動が速くなっていく。松波君の心音は自分よりも速く感じた。
「すみません。嬉しくて」
慌てて私から離れた。照れながら笑う。
「本当にすみません。気をつけます」
何度も何度も頭を下げるから、
「大丈夫。気にしてないから、そんなに謝ることはない」
周りの目もあるが、私自身そこまで嫌だったわけでもないし、
「す、少し気にしてください。それは、それで傷つきますから」
顔をあげたかと思えば、拗ねたように唇が少しだけ尖った。
「そうか、難しいな、松波君は会社にいるときより幼く見えるな。どちらも好感が持てるが、二人の時の方が表情がよく出る。クライアントにもそれくらいで対応できるといい」
彼を見上げる。
「それは気をつけます。恭介さんのそういうところ好きですけど、今は嫌いです。もう少し俺のこと意識してください」
不機嫌になったあと、大きく深呼吸して笑った。
「日曜日、楽しみです。待ち合わせ場所だけ連絡します。じゃぁ、今日はここで」
ぺこっとお辞儀をされて目が合う。
「松波君、そういうつもりじゃなかった」
好意を持っている相手から仕事の話ばかりされたら私でも嫌だと、彼を見て気づいてしまった。
「恭介さん、気にしないでください。俺のためなのはわかってます」
笑う彼をみて申し訳ないと思ってしまう。
「嬉しいけど複雑なんです。でも俺も自分が思うことはきちんと口にします。だからこれからも、恭介さんが思ったことは聞かせてください」
手を握られて、甲に軽くキスされる。
「嫌いって言ったけど、好きですよ」
照れた顔をみせて、じゃぁと手を振りながら立ち去ってしまった。
近くの居酒屋に立ち寄って、一人で飲み直した。
はぁと大きくため息をついて冷酒を飲む。察しの悪い自分が嫌になる。松波君はこんなおじさんのどこがいいのかと改めて考える。
それでも思い浮かぶのは彼が自分を見つめて笑う顔ばかり。屈託のない笑顔に、真っ直ぐな好意は眩しいくらいだ。私も若かったらもう少し素直に感情をだしてあげられたのかもしれない。
ポコンとラインが鳴る。
『◯◯駅前に十時。早めにランチをして、映画を見ませんか?』
可愛いキャラクターが手を上げて喜んでいるスタンプ。
『楽しみにしてる。遅れないように気をつけるよ』この短い文を打つのに何回も書き直して、やっと自分の中で妥協点。スマホの画面をタップして、画面を伏せて机に置いた。
頭を抱えた。こんなやり取りをする自分が恥ずかしくて、顔から火がでる。いつもより酒も進むのに、酔えない。
カーテンから差し込む光が眩しい。朝からメールが届いている。
『おはようございます。眠れませんでした。でも元気です。恭介さんに会えるの楽しみです』
メールなのに声が聞こえる気がしてふっと一人で笑ってしまった。
昨日、悩んで悩んだ服に腕を通した。
珍しく大きなショッピングモールに出掛けて服を選ぶ。年相応がいいのか、松波君に会わせた方がいいのかわからなくて、頭を抱えてしまう。
途方にくれていると、見かねた女性店員に声を掛けられ、あれやこれや聞かれてなんとか服を誂えた。
着なれていないせいか落ち着かない。
そわそわしながら待ち合わせ場所に、三十分も早く着いてしまった。駅前にあるデートの待ち合わせによく使われる場所。丸い大きな花壇に色とりどりの花が咲いている。そこには花壇を囲むようにベンチが設置されていて、スマホ片手に少し間を開けて、座っている人が多い。自分も座って鞄から文庫本をだして読み始めた。
時計を見ながら読んでいたはずが、きりのいいところまでと読んでしまった。気づけば十時を過ぎていた。
はっとして松波くんを探すと、隣でスマホを見ている。
「松波君」
声をかければ、
「あっ、おはようございます。やっと気づいてくれた」
スマホをポケットにしまって私の目の前に立つ。背丈はあまり変わらないはずなのに、服を着こなす姿が様になって格好いい。
「声をかけてくれてよかったのに」
「名前読んだんですけど、気づかなかったし、すごく楽しそうに見えて、時間もまだあったから、待ってました」
「すまない。本なんか持ってこなければよかった」
申し訳なさそうにしていると、
「俺は楽しかったですよ。恭介さんの、私服もまじまじ見れたし、何より会社と違う表情が見れて」
見ていて、眩しいくらいだ。
「服、すごく似合ってます」
この着なれない服をなんて軽率に褒めるんだろう。
「これは、昨日、買ったばかりで、普段はあまり、着たり、しないんだ」
松波君のめが大きく見開いた。
「わざわざ、買いにいったんですか?」
笑われるかと思った。
見上げていた彼が、突然しゃがみこむ。
「わっ、ま、松波君。具合でも悪いのか?」
慌ててしまう。
「あー。大丈夫です。なんか、あの、こう嬉しい過ぎて、立っていられません」
しゃがみこんだ彼を見つめると項が真っ赤に染まっている。
「大袈裟だな」
「だって恭介さん、俺のためにその服きてくれたんでしょ?」
「君と歩くには、いつものだと合わないと思って」
松波君が、周りから変に見られてはもうしわけない。
はぁと大きくため息をついたあと、立ち上がって、
「本当に恭介さんはずるいです」
「ずるい?」
首を傾げる。
「わからなくていいです。行きましょう」
腕を引っ張られて歩き始めた。ずるいの意味がわからないが、掴まれた腕は熱い。
店に入ってから顔の筋肉が緩みっぱなしだ。なかなか一人ではこない雑誌に載るようなお店に案内されて、心が踊っている。
「恭介さん。いつもと様子が違いすぎません?」
「あっ、すまない。ずっと来てみたかった店でちょっと浮かれてる」
自分の好物をこんなに心待ちにするなんて、たまにはこうやって外に出るのも悪くはないものだ。
運ばれてきたお皿の上に、厚みのあるステーキ。ごくんと唾を飲みこんだ。
「リサーチしました。恭介さんがお肉大好きだって聞いてたし、前に雑誌に付箋貼ってましたよね?」
「ああ。食べていいか?」
ナイフとフォークを手にした。
「恭介さん、どうぞ。話はその後でしましょう」
ナイフを差し込むと、厚みがあるのに柔らかい。一口、
「うまい」
あまりの美味しさに笑顔になってしまっう。
「恭介さんて大食漢なんですか?」
半分食べきった後に話しかけられて、
「んぅ」
また、夢中になってしまった。よく噛んでから、
「まぁ、健康のこともあるし、一応気をつけてはいるんだが、好きなものは別腹というか」
好きなものを食べて喜ぶなんて子供みたいだと思って、顔が熱くなる。
「ん? どうしました」
「……すまない」
頬杖をついた松波君がニヤリと笑う。
「ふふ。俺もなりますよ。甘いもの食べてるときは」
「そうなのか?」
「美味しく食べるのが一番じゃないですか。お店選んだかいがあります」
松波君も口に肉を運んで、にっこり笑う。
「うまいですね」
「そうだろ」
松波君とご飯を食べているといつも思う。二人でうまいといって食することに喜びを感じる。
映画も楽しかった。シャツが欲しいというから、ショッピングにも行った。
松波君は、若いのに私よりもはるかにものを知っている。嫌みを感じないのは彼の育ちの良さと、性格が関係していると思う。
「恭介さん。お願いがあります」
突然松波君の真剣な表情。
「お願い? 私で出来ることなら」
驚きながらも返事をした。
「手を繋いで、あ、歩きたいです。夜だし、人も少ないし、恭介さんのマンションの近くまででいいので」
緊張が移る。さっきまで意識していなかったのに、彼が私を好きだと思う気持ちが溢れてくるのがわかる。
「わかっ、た」
返事をすると手を差し出されて、自分の手を重ねた。握られる手が冷たい。
「嫌じゃないですか? 大丈夫です?」
心配そうに見つめるから、繋いだ手に少しだけ力を込めた。夜じゃなかったら、顔が赤いのが松波君にわかってしまっていたかもしれない。
「今日は楽しかった」
「俺もです」
ニコニコ笑って答える。
「あまり外にはでないから、こうやって連れだしてもらうのは新鮮でいいな」
「また、誘ってもいいですか?」
「ああ。松波君は自炊はしないのか?」
「たまに」
「毎回外食もなんだし、今度家でなにか作ろうか?」
「え! 恭介さんの手料理」
頷くと、
「再来週、遊びにくるか?何か好きなものでも、酒も飲むだろうから泊まってもいいし」
繋いだ手にちからが入って、松波君が真っ赤になった。
「あっ、あの泊まりってそういうじゃなくて。ご、ごめん。軽率だった」
「いや、あの、大丈夫、大丈夫です。わかってます。何にもしません。すみません」
松波くんが謝るから、
「遊びに来るなら、来たらいいし、松波くんが嫌じゃなければ」
言い直した。
「恭介さん、鍋がいいです。鶏肉たくさん入ってるやつで、塩味」
お互いに変な汗をかいてしまった。冷たいと感じていた手は熱くて、指が絡んで
「恋人つなぎ」
子供っぽく笑って、繋ぎ直した。
「今度ご飯食べるの楽しみ。おうちも楽しみです」
「そんなに綺麗じゃないぞ」
「うちにも遊びに来て下さい」
「その時は松波君のご飯が食べたいな」
「下手でもいいですか?」
困った顔に笑ってしまう。
「苦手なのか?」
「そうですね。頑張りますけど、味は保証しませんから」
「不味くても食べるよ」
そんな話をしていたら家の前、手が離れてなんとなく名残惜しそうな雰囲気。
「また、明日」
「気をつけて帰れよ。今日はありがとう」
手を振った。
仕事が忙しい。毎日残業が当たり前で松波君となかなか一緒に過ごせない。
喫煙室でタバコを吸った。ミントのフレーバーが頭のなかをすっきりさせてくれる。普段はあまり吸わないが、忙しい時期は時々タバコを吸うのが日課になっていた。
お付き合いをしてから彼からのメールが頻繁に届いていたから、最近回数が減って寂しく感じる。
同じ部署にいるのに、外回りや、会議の関係ですれ違いも多かった。見かけても忙しさで声もかけられない。
スマホの画面をタップして、彼を試すようなメールを送ってしまった。
今日はボードに直帰と書いてあったし、返信がきても会えるわけでもない。
バンと喫煙所のドアが盛大に開いた。
「恭介さん、あっ、嶋谷さん。見つけた」
息を切らしながら私に近づいてくる。
「喫煙所もたくさんあるから、探しました」
汗もかいている。
「何か飲むか?」
「珈琲の甘めで」
息を整えながら隣に座った。自販機で珈琲を買って手渡した。
「帰ろうと思ったんですけど、どうしても見たい資料があって戻ってきました。嶋谷さんのデスク綺麗だったから帰ったのかと思って、メールが来たから探しました」
「……」
今すごく嬉しくて、言葉が見つからない。珈琲を飲みながらネクタイを緩める姿に心音が速くなる。
「何かありました。提出するデータは、まだ先でしたよね?」
「そうだな」
何を話していいのかわからなくて困ってしまう。
「嶋谷さんからメール珍しいからビックリしたけど、嬉しかったですよ」
「すまなかった。用事も大したことないんだ」
ちらっと松波君を見る。不思議そうに見つめられている。
「いいですよ。気にしないでください。何か手伝いますか?」
「もう、大丈夫」
「あと少し早く帰ってくればよかった」
ため息をついて、笑った。
「違うんだ。仕事のことじゃなくて……」
歯切れの悪い話し方をしてしまっている。
「松波君の顔がちょっと見たかったんだ」
本当に小さな声で呟くと、
「そうなん…ですか」
私から顔を背けてしまった。迷惑だったとやっぱり反省した。
「恭介さん。ごめんなさい、今俺のこと見ないでください」
二人きりの時に呼ぶ、呼び方。
「忙しいのにすまない」
体が小さくなる気がした。
「変な意味じゃないです。嬉しくて、今ちょっといつもより変な顔してるから見られたくないだけなんで」
その返答に喜んでいる自分がいる。
「松波君の顔がみたい」
「恭介さんのそういうのずるいです」
こちらにゆっくり顔を向けてくれる。
「ふふ」
へんに、にやついた顔をしている。
「タバコくれますか」
シガレットケースを渡すと、口に咥えて火を付けた。
「このタバコ、恭介さんの香りですね」
「そうか?そんなに吸ってないはずなんだが」
「わかりますよ」
タバコを吸う姿もさまになっている。
目があって、瞬きをする間に唇が触れた。いつになくミントの香りを強く感じる。
「恭介さんが悪いです。可愛いことばかり言うから」
また、理解できなくて呆けてしまっている。キスされた。
「謝りませんからね」
自分の唇を指でなぞった。柔らかくて、温かい、松波君とキスした。
「うん。謝らなくていい」
松波君を見つめると、
「恭介さん。嫌ならなぐって」
顔がゆっくり近づいて、唇が触れてさっきよりも長い優しいキスに瞼を閉じた。
触れるだけの子供みたいなキス。目を開けると、とびきり嬉しそうな笑顔に胸が熱くて苦しくなった。
部屋をいつも以上に掃除して、自分の家にいるのに緊張している。
松波くんが遊びにくる。あの日以降仕事が忙しくてなかなか会えなくて、少し寂しいのに、キスされてから自分の中で気持ちが変化しているのがわかる。
インターホンが鳴って、玄関で松波くんを出迎える藍色のポロシャツに、胸元は馬のワンポイント。ストレートのジーンズを上から下までじろじろ見てしまう。
「この前と随分違う」
「今日はお家だから、ラフな感じがいいかなと思って」
おしゃれな紙袋を差し出された。なかには有名店のケーキとシャンパン。
「気にしなくていいのに」
「今日じゃなくてもシャンパンは、恭介さんが飲みたいときに飲んでくださいね」
「ありがとう」
部屋に招きいれると、リビングをキョロキョロと見るから、
「さっとしか掃除してないから、そんなに見なくても」
恥ずかしくなる。
「おしゃれですね。モノトーンなのに差し色の小物置きとか、飾ってるものとかセンスがあります」
「いや、好きなものを飾ってるだけだよ」
相変わらずすぐに褒めてくれるからこちらの気分もあがる。
「松波くんは褒め上手だな」
「本当のことしか言いませんよ。たまにキャラクターでペンギンのボールペン使うのはイライラしてるときですか?」
テレビ台の小さなペンギンの置物をを指で掴んで私に見せる。
「よく見てるな」
「恭介さんにわからないように見てますからね。好きなんだなぁって、気分転換?」
「まぁ、可愛いもの見ると癒される。イライラしても仕事は終わらないし、どうせするなら楽しくやった方が私は効率が上がるんだよ」
ソファに座って、
「なんの映画借りてきてくれたんだ。せっかくだから見たいんだけど」
自分用に濃いブラック珈琲と、松波くんには甘いカフェオレ。
「ありがとうございます。いつも可愛いと思ってたから、一度聞きたかったんです。泣ける方と、アクションどっちにします?」
テーブルに並べられる二つのケース。のんびり映画鑑賞会。
「お腹すいたな」
「んー」
松波くんが腕を伸ばしながらストレッチ。
「さすがに立て続けに見たら疲れるな」
「でも、面白かった。俺アクション凄い好きなんですよ。昔アクションスターに憧れて鍛えてて、今も筋トレしてるんですよ。ほら」
ぺらっとシャツをめくって腹を見せてきた。ほどよく割れた腹筋と若さなのか肌が艶やかに見える。
そんなつもりじゃないのはわかっているのに、顔が熱くなってしまう。
それに松波くんも気づいて、
「すみません」
謝られてしまう。謝ることなんてないのに、
「ご飯にしよう。準備は終わってるからコンロと皿だけあればすぐできるから」
立ち上がってバタバタと用意を始めた。今日は松波くんを意識し過ぎた。
映画も見ながら彼の横顔を見つめてしまっていた。映像が変わる度に表情が変わるからそれも楽しくて、アクションを見てる時は本当に真剣で、好きなんだと思った。
映画館ではわからなかった表情。
「鶏肉だけいいものにしたんだ。外に行かない分ちょっとお金をかけてしまった」
カチカチと、コンロに火をつける。
「恭介さんはすぐお金使うから」
「せっかく食べるんだ。うまい方がいいだろ」
「まぁ、そうですけど、俺料理だけはどんなに練習してもダメなんですよね」
眉間に皺が寄った。
「松波くんでもダメなことあるんだ」
「ありますよ。俺超人じゃないですし、俺から見たら恭介さんの方が大人で、何でも出来るし、料理だって出来るじゃないですか」
意外な言葉が返ってきて驚いてしまった。
「大人? 年が上なだけだよ。松波くんが私くらいになったら分かるだろうけど、本質はあんまり変わってない」
鍋の蓋がぐつぐつ揺れてきた。
「そうですか? 俺は恭介さんにもう少し頼って貰えるくらいになりたいな」
「仕事でも十分頼りにしてるし、こうやってご飯食べるのも楽し……いし」
ペラペラしゃべりすぎてしまった。
「ご飯くらいならいつでも。何かあったらとんできますから」
鍋の湯気の向こうに笑顔が見える。
「ご飯はおじやにするか? おにぎりでもいいけど」
少し考えた後に、
「両方がいいです」
「はぁ、若いな。おにぎりはすぐ作る。具なしで」
キッチンにたつと、
「見ていてもいいですか?」
「面白くないぞ」
「いいんですよ」
ラップを手のひらくらいの大きさに切ってご飯をのせてきつすぎない程度に三角に握っていく。
「2つがいいです」
「おじやの分がなくなるぞ」
「じゃぁ、小さくしてください」
残念そう。たまに見せる幼さが可愛いと思う。
「新婚さんみたい」
言われておにぎりを落としそうになった。
「松波くん」
「冗談です。恭介さん」
見つめられて、
「どうした? 小さすぎた?」
首を横に振ったあと、
「いつか、俺のこと名前で呼んでくださいね。座って待ってます」
鍋の前に座った。
いまさら名前で呼べなくて、まだ気づいたばかりの気持ちに戸惑ってしまっている。言葉にするには、まだ迷う。
ずいぶんお酒を飲んでしまった。松波君の話が楽しくて気づけば深夜。泊まればとは言ってはいたが、いざ泊まるとなると緊張してきた。
今松波君がバスルームにいる。先にシャワーを浴びて、髪を乾かしているが落ち着かない。何かされたらと思いながら、なにもされなくてもとぐるぐる頭の中の妄想が止まらない。
こんな中途半端な思いで、彼に向かい合いたくない。それに自分で望んでしたことだったがそんなに綺麗な体でもないんだ。幻滅されでもしたらと、無駄に落ち込む。
「なんか酔いが覚めました。湯船に浸かるの久しぶりで、やっぱりいいですね」
いつも前髪はワックスをつけてあげているから、濡れて額にかかる髪が新鮮にみえた。用意していた着替えもサイズがぴったりでよかった。
「ビール冷えてるよ」
「やった。もらいます」
ビールを手渡して、首にかかったタオルに触れる。
「髪が濡れてる。きちんと乾かさないと風邪引くぞ」
両手でタオルを掴んで痛くない程度に拭きあげる。後頭部が届かないから、かかとをあげて腕を伸ばした。
「あの、自分でやれます」
「そういって拭けてないだろ」
気づけば顔が近い。目があえば動揺して、後ろに慌てて下がったら転びそうになって抱きしめられる形になってしまった。
「松波君、ごめん」
ははっと乾いた笑いを返した。
「こうなるのはわかってました。もう少し警戒してくれないと襲いますよ」
ちょと怒ったような顔。
「うん。それは困るな」
頬にキスされて、
「今日は、何もしない約束だから我慢します。次は気をつけてくださいね」
強く抱きしめたあと、ぱっと離れた。
「ずいぶん紳士だな」
「嫌われたくないですからね。ビール頂きます」
ウインクされて、ビールをぐびぐび飲み始めた。
「うまいです」
「普通のビールだぞ」
「恭介さんからもらったからかな」
松波君の笑顔に弱い。
「ばかいってないで、そろそろ寝るぞ」
立ち上がると、
「同じベッドで寝るんですか?」
と聞かれ、
「ダブルベッドだから狭くはないだろ。松波君が嫌じゃなければ」
と答えた。
大きなため息をつかれて、
「恭介さんは俺になにされても文句言えませんからね」
呆れきったように言われた。
「ソファじゃ悪いし、客用の布団もないから……考えなしだった」
自分がこんなに鈍感だとは思わなかった。年甲斐もない。
「はい。はい。寝ますよ。恭介さんは俺に気をつけて寝てください」
ベッドに押し込まれて、
「おやすみなさい」
「んっ…おや…すみ」
部屋の明かりも消えて、いつもと同じ部屋なのに片側から温かさを感じる。松波くんが私から背中を向けて寝てるから少し安心して寝返りをうつ。
寝息が聞こえてきた気がして、手のひらで松波君の背中にそっと触れた。
とくん、とくんと心音が手のひらから伝わってきて安心する。
人に触れるのは正直苦手だ。自分がゲイだと認識を強くしてからはなおさら。でも松波君には触れたいと思う。
もう少しならと様子を伺って、おでこを背中にくっつけた。そのまま背中にキスして、眠りについた。
朝になって、瞼を開くと驚いた。
松波君に腕枕をされていて、腰にまわされた腕、脚が絡んでいる。身動きひとつ出来なくて、息をゆっくり吸い込んで吐き出す。
何故こうなったんだろうと、考えても答えは出ない。
「んん」
松波君がごそっと動いて瞼がゆっくり開いた。
「おはようございます。んぅ、覚えてます?」
問われても返事ができない。
「夜中、恭介さんが俺に抱きついてきたんですよ。覚えてないと思いますけど」
寝ている間のことは覚えていないだろう。
「寒かったみたいです」
「うん」
なんというか離れるに離れられない。
「このまま抱きしめていいか確認したら、いいって言うから今こうしてます」
「うん」
背中をつつと指先が滑る。
「ふぁ……」
変な声をあげてしまった。きつく抱き寄せられて、
「無防備。無自覚。昨日言ったのに、本当にもう、次は我慢しませんよ」
「わかった」
また怒られてしまった。
「まだ眠いんであと少し、一緒に寝てください。それくらいいいですよね」
どっちが年上かわからない。
「寝づらくはないのか」
「貴方に触れていたいんです。理性吹っ飛ばして、欲望のまま抱きたいですよ。でもそれって違うと思って」
声のトーンが下がっていく。彼に甘え過ぎている自分が嫌になって、
「じゃぁ、キス、キスするか」
一世一代の勇気を振り絞って伝える。松波君が真剣に、
「この前みたいな子供みたいなキスしませんよ」
言うから、
「わかってる」
自分でもいろんな順番吹っ飛ばしてるのはわかるが、とにかく今はこれが精一杯。
「じゃぁ、遠慮しないんでキスしましょうか」
黙ったまま何度も頷いた。
「恭介さんってずるいです」
ボソッと呟いてから、顎を指の背で持ち上げられて、唇が重なる前にペロリと舐められた。
それだけで体は強ばる。
「口、開けてください」
小さくパカッと開いた。
「はぁ、本当に可愛いな」
唇が合わさって塞がれた。咥内に熱い息が広がる。心臓が口から飛び出そうだ。
「んぅ……」
松波君の唇は私よりもふくらとして柔らかい。舌が差し込まれて、舌が絡らんできて驚いて舌をひっこめた。
それでも松波君の厚い舌が私の舌の根を優しくくすぐるように撫でて、舌先に向かって絡めてくる。吸い付かれて甘噛みまでされると、意識がトロンとしてきた。
キスをしたのは何年前だろう。不慣れにもほどがあるだろと思うくらいに反応できない。でも、松波が優しく触れるからゆっくりその動きに合わせていく。
「松波くん」
「今だけ、名前で呼んで…ください」
いつもより男らしくて、余裕のない表情。睫毛が長い。松波くんのキスが深くて名前なんて呼べそうにない。
「…恭介さん。呼んで…欲しい…」
二人の唇が少し離れたから、
「んっ…は……颯…斗…」
やっと名前を呼べた。
絡んでくる舌は熱くて、時折唇を啄まれて顎の裏まで撫でられる。
「……は…やと…はぁ…」
ちゅくちゅくと音も響く。体の力が抜けて、ベッドの中でよかったと安心した。きっと立っていられなかった。
「すみません。思いの外理性をたもてません」
抱きしめられて、
「恭介さん。好き、好きです」
告白飲み言葉が熱い。胸が苦しい、でも言えない。
「颯斗」
名前を呼ぶだけで、こんなにも切ないのに愛しい。
「いいです。ゆっくりで、俺が言いたいだけだから、恭介さん好きだよ」
松波君に甘やかされている。決まっているのに迷っている。
「もう少し……待っててくれるか」
申し訳ない気持ちと、精一杯の意思表示。松波君の唇の端にキスした。
「はは、恭介さんらしい。ここにして欲しいです」
手を握られて指先を自分の唇の真ん中にに触れさせるから、顔が熱くなった。
松波くんはこういったことをさらっとやってのけるら本当に困る。嫌みなく格好いい。
「ダメですか?」
上目遣いで甘えてくるから、断れなくなる。さっきまで待ってるって言ってくれたのに。
「松波くんからなら」
にんまり笑って、
「次は恭介さんからお願いしますね」
可愛く小鳥みたいなキスを落としてから、深くて甘ったるいキスに変わっていった。
3ヶ月というお試し期間は過ぎて、半年がたつ。
お互いの家に遊びにいたり、デートしたり、キスまでの交際関係。
松波くんも今はそれ以上のことは言わない。待たせ過ぎているのはわかってる。先のことだって、考えてはいるもののタイミングが見つからない。
デスクの上に、お疲れ様会のチラシ。手にしていると、松波くんが寄ってきて、
「嶋谷さん。来月部署でプロジェクトのお疲れ様会があります。参加、不参加を聞いてるんですけどどうしますか?」
この前、幹事が俺なんですって言っていた話だと思った。
「参加で構わないよ」
付箋が貼られてその文字を読む。『その日、恭介さんちにいきたいです』公私混同はダメだと言ったのに、
「ダメだって言われないってわかってるだろ」
チラシを軽く叩いた。
「断りでもかまいません」
ぐっと言葉に詰まった。松波くんを珍しく睨んでしまう。それでも彼から笑顔が消えない。
「元々そのつもりだったから、構わない」
「ありがとうございます。俺も幹事頑張ります」
同期の何人かで手分けしているようだった。部署だけで30人以上はいるから一人では大変だろうし、ずいぶんと同期とも話をするようになっていた。笑うようにもなった。そういった成長は、付き合っているからとかではなく、嬉しい。
女性社員ともよく話しているのを見かける。
給湯室の近くに自販機があってその奥に喫煙室がある。
珍しくイライラしながら喫煙室で、タバコに火を着けた。大きく肺に煙を吸い込んで、吐き出す。頭の中の整理がつかなくて、相手側から無理難題をいわれて頭を抱えている。
加えて2つのチームからクレーム。どちらも悪くないがお互いを譲れなかったりこんなにもめている案件もなかなかない。疲れる。
「松波さんって……」
と給湯室の方から声が聞こえてきて、耳をたててしまう。タバコを吸いながら、椅子に座ってその声を聞いた。
「最近かっこよくなったし、優しいよね」
「幹事一緒にできていいな」
「へへ、これを気に仲良くなりたい」
きゃ、きゃと騒いでいる。
「彼女いるのかな」
「噂は聞かないけど、嬉しそうにスマホ見てるときあるよね」
「見てる」
並べられる言葉は彼を称賛する言葉ばかりで、改めて人気の高さを知ってしまった。
松波くんも女の子に好かれた方が嬉しいのかもしれない。
でも、彼が私を大切にしてくれているのはよく知っている。
『幹事の打ち合わせがあって、平日はしばらく時間が合わないかも知れないです。休みの日会いにいきますね』仕事に、行事、そうなることははわかっていた。『私のことは気にしないで、しっかり準備するように。楽しみにしてる』
そんなメールを返信した。
しばらくして松波くんに、彼女ができたと噂がたち始めた。
たった二週間。
噂とは恐ろしい。本人の意思を無視して広がる。幹事何人かで準備しているのだが、普段社内で女性と話すことが少ない彼を見た同じ部署の女性陣が噂を流していた。
松波くんと付き合ってるのは私なのにと思うのに、それを表だって言えないのは当たり前で、今みたいな噂はいつでも起きる。気持ちではわかっていても焼きもちは焼いてしまう。
松波くんには会った時も、電話でも、メールでも『好きです』と言われるのになんと無く不安になっていた。
その女性も噂になっていることは知っていて、彼に声をかけるからイライラする。
嫉妬。初めての感情に自分でもコントロール出来なくて、仕事のミスも増える。
「嶋谷さん。ちょっと相談があります」
松波くんが書類片手にデスクまでやって来た。顔を見ればすぐにわかった、心配されている。
「休憩するから話を聞こうか」
「ありがとうございます」
二人で喫煙室でタバコに火を着けた。
「なにかありましたか? 」
顔を覗かれて、
「なにもないよ」
まさか松波くんがモテて焼きもち焼いているなんて言えない。
「でも最近イライラしてるように見えるし、会ってくれないから」
寂しそうな顔をさせてしまった。側にいたいと思うのに、今回の件で彼を責めてしまいそうな自分がいて、二人きりになるのを避けている。
「この時期接待が多くて、松波くんだって土日も忙しいだろ」
もっともな答えを返す。
「泊まりもダメですか? 少しでも一緒にいたいです」
松波くんは優しくて、紳士だから女性にすかれるのは仕方がない。
「……だめだ。今は一緒にいたくない」
口が滑ってしまった。
「恭介さん」
腕を掴まれた。
「言いたいことがあるなら言ってください」
真剣な顔が近づく。
「仕事中だぞ」
「仕事で言うならあなたの方でしょ。ミスが多いし、イライラしてる。会ってくれないてなれば、俺が原因しか考えられないですよね」
怒った顔を初めて見た。
「噂のこと?」
「違う」
「不満があるなら言ってください。直せなくても気をつけることはします」
松波くんが悪い訳じゃないのに、いつの間にか言い合いになっている。
「君が気をつけたからって解決することじゃない」
自分自身の問題だった。どろどろした気持ちも不安も、私が若かったらかんじなかったんだろうか。
「俺怒ってます。しばらく連絡しません。何が原因かわからないのに謝りたくもないし、恭介さんも俺に言いたいことがあるなら言ってください。ただ、どんな恭介さんも好きですから」
バンとドアをおもいっきり閉めていった。
あんなに怒っていても、最後に好きだと言い残していく彼を、好きだと強く感じた。ずっと思ってたのにくだらないことで傷つけて、不器用にもほどかあるし、子供みたいで情けない。
こんなにも苦しい思いがあるなんて知らなかった。
熱を出した。知恵熱か。
会社に電話して休みを取る。松波くんには連絡していない。
今は繁忙期、私が休むなんて指揮がさがったら申し訳ないので出張と言うことにしてもらった。ちょうど週末になるし松波君にも会わなくてすむ。
体が熱い。寒い。
「颯斗…」
体が弱ると気持ちも弱くなる。声が聞きたいな。ちゃんと好きだって、颯斗ってちゃんと呼びたい。くだらない焼きもちを焼いたことも話したい。
キスして、抱きしめてもらって、颯斗に触れたい。
ケンカなんて初めてで、風邪が治ったら電話しよう。
『恭介さん。大好きだよ』
松波君の声が耳もとで聞こえた気がする。
「颯斗、すき…」
もっと素直になりたい。そう思って眠りについた。
起きて驚いた。金曜日の夕方だと思って起きたら土曜日の夕方になっていた。机の上のペットボトルがからになっている。トイレに無意識に行っていたようだ。パジャマも床に落ちていて、見れば松波君のパジャマを着ている。洗い忘れていたから、少し松波君の匂いがした。
スマホの電源をつければ会社からいくつかのメール。返信して、松波君から連絡が来ていないか女々しく確認する。
「……そうだよな」
ダブルベッドが広く感じる。携帯を握りしめて、松波君の電話番号を画面に開く。まだ熱があるから、いざとなったら風邪のせいにすればいいかと通話のマークを押した。
松波君の好きなアーティストの音楽が流れてくる。
「もしもし」
声を聞いただけなのに、胸が締め付けられた。
「……」
言葉にならなくて咳き込むと、
「風邪引いたんですか? 大丈夫です?」
「んっ…」
「声出すの辛い。今出先なんです」
声が優しすぎて泣けてくる。
「…颯……斗」
声が震えた。
『松波君誰?』
後ろから女性の声がして、慌てて電話をきった。私の知らない彼がいるのが嫌だ。こんなに独占欲が強いことも知らなかった。初めてがたくさんありすぎて、熱も上がる。
ごめんも言えなくて切ってしまった。ベッドに顔を押し潰す。邪魔になってしまったんじゃないかと反省しながら、急いでメールを送った。『だいぶよくなったから大丈夫。また連絡する』業務報告のようなメールを送ってまたベッドに潜り込む。左側半分開けるのは、もう癖になってしまっていた。
瞼を綴じれば松波君の顔ばかりが浮かぶ。夜でもよかったのに連絡してしまって、後悔しかない。くらくらしてきたと目を閉じた。
目を開けたら松波君が手を握ってくれている。
「夢?」
朦朧として理解が出来なかった。
「そうかも」
松波君の笑顔。夢なら甘えてもいいかと
「もう少しだけこのまま」
手を強く握った。
「後はなにかありますか? もっと、甘えてくれていいですよ」
本当に優しくて、手を握っていない方の腕を伸ばした。
「抱きしめて」
「恭介さん可愛いな」
ベッドの中に入り込んできて、抱きしめてくれる。
「いつから、具合悪かったんですか」
「金曜から」
松波君の胸に顔を擦り寄せた。
「もっと早く連絡くれたらいいのに」
「ケンカしたから」
ごほごほと咳がでる。背中を擦ってくれて、
「お風呂は? タオルで体拭きますか」
抱きしめてくれていた腕が緩んで起き上がるから、
「松波君、いかないで」
背中に腕を回してがっちりホールドした。
「どこにも行かないですよ。いいんですか?」
「いい。ここにいて」
髪を何度か撫でられて、なだためられた。
「恭介さん」
「……焼きもちを焼いてた。何にもないってわかっていても嫌だった。八つ当たりした、松波君は悪くない。ごめん」
抱きくるめられて、苦しいのに嬉しい。
「もう少し寝てください。俺帰らないから、ねっ」
頷いて眠りについた。
頭のなかがクリアになったと思いながら目を覚まして、夢じゃなくてよかったと松波君に体をピタリとくっつける。
「あっ、俺も寝てた」
大きな手のひらが頬を撫でて、
「スッキリした顔してます。熱も下がったみたい。よかった」
ぎゅて抱きしめられて、素直に嬉しい。
「用事は」
電話したときは誰かといた。
「電話のあとすぐ帰ってきました」
「ごめん」
「恭介さんより大切なことなんてないですよ。仕事ならともかく、俺がいなくてもなんとかなる」
松波君は私に真っ直ぐだと思う。
「あんなに弱った声で、名前呼ばれて来なかったら俺がいる意味がない」
おでこにキスされて、
「ありがとう。ごめん」
松波君のクスクス笑う声。
「なに?」
「初めて恭介さんが自分から名前呼んでくれたと思うと嬉しくて」
いつもより顔がにやついていた。
「颯斗…ありがとう」
松波君の顔が赤く染まる。
「恭介さん。あの、体調悪いのわかってます」
颯斗の顔がさらに赤くなっていく。
「恭介さんの体、触ってもいいですか?嫌だったらやめます」
ずいぶんと切羽詰まった表情。
「ちょっと今日我慢できない」
「いいよ」
唇が触れて、颯斗の手がパジャマのボタンをはずしていく。
「俺のですよね。服」
「……うん」
こちらもそんな事きかれたら、体が熱くなる。
「恭介さん可愛い。本当に嫌なら言ってくださいね」
ボタンがはずされて前がはだけると肌が露になる。肩から撫でるように上着を脱がされてドキドキする。
「は、颯斗。初めてじゃないんだ。経験はある。あの、き、綺麗じゃなくてごめん」
これもずっと言えなかったこと。
「気にしてました?」
こくこく頷いた。
「俺も初めてじゃないし、どっちとも経験はあります。そんな俺に触られるのは嫌」
首を左右に震る。
「あの、でも、興味本位でしたんだ。だから、ごめん」
はぁと、ため息をついてから、
「俺もですか? 俺のことも興味本位?」
問われて、
「違う。颯斗は、そんなんじゃない」
はっきりと答えると、唇を塞がれて、舌が絡んでくる。喉が反れるくらいに深い。
「病人相手に最後までしないから、触りわらせて」
腕をのばして首に絡めた。首筋に唇が触れてたくさん愛撫される。
鎖骨を柔らかく噛まれると体がぴくんと跳ねる。
「痛かった?」
「違う」
フフっと笑って胸を撫でるように指が滑る。乳房から摘まれて、颯斗が優しくちろっと乳首を舐めた。
「はぁ……」
ゆっくりベロっと舐めてから口に含む。舌が乳首を揺らして、きつく吸いあげた。
「ふぁ…んっ…あぁっ」
片方の手が下着の中に入ってきて、握られる。
「颯斗。やっ……そこはダメ」
「勃ってるし、たくさん溢れてる。出さないと辛いでしょ」
指が切っ先を撫でる。
「脱いじゃいましょ。下着汚れちゃうし」
するする脚からズボンと下着を脱がされて、ペニスがプルんと腹に向かって震えた。
「は、恥ずかしくて、死にそうだ」
「恭介さんの全部、見たいし、綺麗ですよ」
自分の言っていることとは裏腹で、触れられているところは気持ちいい。
硬くなる乳首も、ペニスも、颯斗に触れられて感じている。
「颯斗、キスして……」
「素直な恭介さん、本当に可愛い」
「んぅ…はぁ……はぁ…んんっ」
咥内が熱い。ちゅくちゅく音が聞こえて興奮する。
「颯斗、もっと…」
唾液を流し込まれて、こくんと飲み込んだ。
「そんな事いうと最後までしちゃいますよ」
ふざけたように言うから、
「いい…颯斗がしたいなら…してもいい」
だってもう、颯斗のものになりたい。驚かれて、
「うそ、ダメ、本当に。今日は病人だし、あんまり煽らないでくださいよ」
慌てるから笑ってしまう。
「気持ちよくなって欲しいです」
「もう、いっぱい気持ちいい」
ペニスを優しく強く擦りあげられて、ストロークも短く長くを何度も繰り返されると、膝を立てて脚を大きく開いてしまう。
「あっ…あ…。颯斗…いい………あぅぅ…」
悶えたながら、腰をしゃくらせるように揺らしてしまう。
「ここも、真っ赤で可愛い」
乳首の回りを舌がうねるように動いて、硬くなった芯を跳ねるように揺らしてくるから、背中にびりびりとした電流のような快感が走る。
「あああっ……はぁ…っ…うぅん。イッ、イく…颯斗…………でる」
体が痙攣してびくびく震えた。
腹に飛び散った精液を優しく拭き取る颯斗を見ていた。体がだるい。
「颯斗は、しないのか」
「俺は大丈夫ですよ。タオル持ってくるから待っててください」
快楽を知った体は、熱を持ったままじわじわして、腹の奥をきゅんとさせる。しばらくして戻ってきた颯斗に体を拭いてもらって、食事をした。
離れたくなくて月曜日の朝までそばにいたいといったらわがままを聞いてくれた。着替えに戻らないと行けないからと颯斗は朝早く家を出ていた。
今週までは仕事は忙しい。
体と心は元気だった。週末は打ち上げもあるが颯斗が家に来てくれるのが嬉しくて仕方がない。
仕事中にたまに目が合うのが恥ずかしい。あんなこと他人にしてもらったこともない。以前よりもお互いを近くに感じていた。
スマホが揺れた。見ると、
『恭介さん、見すぎです。公私混同してますよ。そんなに見つめられたら我慢できません』
ちらっと颯斗を見つめると、
『だめです。そんな艶っぽい目で見るの禁止です』
またメールが送られてきた。
『そんな顔してない。仕事しなさい』
返信すると、嬉しいそうにパソコンにむかった。社内恋愛って甘いんだと知る。今さら色恋にのぼせてはいるが、仕事はきちんとできている。
今日は挨拶をしなければならないと会社から会場までの道のりで考えている。
颯斗は早めに会社をでて準備が忙しいらしい。チームリーダーの挨拶と、私の挨拶が被らないようにしないとと、頭の中で言葉を並べていく。
会場につくとなぜか、颯斗の席の隣に席がある。
打ち合わせの振りをして颯斗の近くによっていく。
「松波君の隣なんて聞いてない」
「言ってませんから、嫌ですか? 俺は嶋谷さんが他の奴の隣とか無理なんですけど。役職付きなんだから幹事の隣でも変じゃないですよね」
首を傾げながら、笑った。
「職務乱用だ」
「そうですよ。恭介さんは俺の隣にいればいいんです」
あんまりにも真剣な顔して 言うから悔しくなって、わざと資料を落としてやった。
「ちょっ、嶋谷さん!」
「拾うくらいは手伝うよ」
二人して机の影に座りこんだ。周りをみわたして、颯斗の頬にキスした。
「次はだめだからな」
立ち上がって他の子たちにも声をかけた。颯斗の驚いた顔に笑みを浮かべる。
会が始まればずいぶんと酒を勧められている。どんなに飲んでも体質なのか酔うことはほとんどなかった。
颯斗はあちらこちらに挨拶回り。それを眺めていい男だなと感心する。
あんなにいい男が俺を好きなんて何度考えても不思議でならない。また女性人に捕まっている。
目があったから手招きした。
「なんですか?」
「私に挨拶、してないだろ。しばらく座って飲んだらどうだ」
「はは、嶋谷さんらしい。職務乱用してる」
「まだいろいろやることあるだろ。少しくらい私の相手もしなさい。他の奴に言われたら私のせいにすればいい」
椅子に座って隣で飲みはじめた。肩が触れそうで触れない距離がもどかしい。
「焼きもちですか?」
「ち、ちがう」
顔が熱くなった。
「顔が赤いですよ」
「酔ってるんだ」
クスクス笑われてしまう。
「松波くーん」
例の彼女が近づいできて颯斗の腕を掴んだ。困惑する颯斗を見つめる。
「向こうで呼ばれてるから、一緒に」
ぐいっと引っ張られて席を立つ。思わず手を掴んでしまって慌てて離した。
私を見て、嬉しそうに笑った。彼女の絡んでいる手をそっと払って、
「今、嶋谷さんと大切な話ししてるから先に行って、少ししたらいくから」
そういってももう一度誘われて、彼女も
「いいですか?」と聞いてくるから、「構わないよ」というと、「だめ、俺が聞きたい話だから」と彼女を追いやった。
「別によかったのに」
酒を一口飲むと、
「よくなかったですよね」
本当に嬉しそうに笑うから、
「……よくなかった。ありがとう」
素直に、言葉にした。
「抱き締めたくなる」
「あ、後で」
「やった。じゃぁ、行ってきます」
そう言って一番騒がしいテーブルに顔をだしにいった。上司はあまりすかれるものでもないし、静かな方が好きだ。
ただ、一人一人の努力は褒めてやりたいし、話もききたい。席を立って各テーブルを回る。
宴もたけなわ。幹事からの挨拶が始まって私は最後に一本絞め。
颯斗の挨拶。
「ありがとうございました」
終わったのかと拍手を送ろうと準備すると、
「報告なんですが、最近俺の噂が社内でご迷惑をかけてると聞きました」
会場が、ざわつく。
「個人的なことなので言わなかっただけですが俺、一年くらい前から付き合ってる人がいます。年上で、仕事もできる人なんですけど、焼きもち焼きなので今後は変な噂は流さないでください。家でめちゃくちゃ怒られました」
言い切った。
男性陣から野次の嵐。隣にいる同期からもバシバシ叩かれている。
「松波は裏切り者なんであとで締めておきます」
なんだかんだで盛り上がりをみせた。
一瞬目があってピースサイン。いつもクールで知られていたのに、今日からキャラ換えだな。颯斗には敵わない。
「めちゃくちゃ、怒ってない」
二次会をお互い早く切り上げて、駅まで歩く。大きな通り道を避けているから人もいなくて、手を繋いで歩ける。
「全部が本当じゃなくてもいいと思いますけど」
「それに、美人で綺麗でもない」
あのあと、どんな人か聞かれて颯斗が答えた私の外見。
「いいんです。俺にはそうやって見えるんですから。恭介さんは気にしなければいいでしょ」
口を尖らせた。
「颯斗。今日は家に泊まるのは、なし」
手を強く握った。
「えっ? じゃぁ家でもいいですよ」
「嫌だ」
足が止まった。
「約束したのに? 今日のこと怒ってます?」
さっきまでニコニコしていたのにしゅんと落ち込んでいる。
「違う。ホテル……とったから」
声が小さくなってしまう。
「抱いて…ほしい」
顔から湯気がでる。繋いだ手が熱い。
「本当に…いい?」
「いい。今日嬉しかった。ありがとう」
颯斗を見上げる。
「……恭介さん。ごめん」
颯斗が泣くから、もらい泣きしてしまった。
「颯斗が好きだよ」
抱き締めると、抱き締られて、
「俺も恭介さんが、大好き」
颯斗の温もりに癒される。お互い顔を見合わせて、
「セックスしよう」
「恭介さんムード」
泣いて笑う颯斗が可愛い。
「わざとだ。恥ずかしいんだよ」
きっと顔は真っ赤だとおもう。
「優しく抱きますね」
「颯斗に抱かれるならなんでもいいよ」
胸に頬を擦り寄せた。
「煽ってます?」
「ん、どうだろう。今すごく、素直に颯斗のことが欲しい」
顔をあげれば唇が重なる。
パタンとドアがしまった。
「恭介さん、スィートルームってこんなにいい部屋いいんですか?」
手を繋いだままお互いに見つめあった。
「今日は特別だから、いいかと思って」
抱きしめられて、
「颯斗?」
「本当に、好き。恭介さん格好いいから心配になる。知らないかも知れませんが恭介さんのこと狙ってる人多いんですからね」
頬が膨れた。
「私は君の方が心配だよ」
「俺は恭介さんしか見てないから」
真剣な顔。
「私も、颯斗しか見てないよ」
まだ部屋の入口だというのに、喰うような激しいキスをされて、何度か角度が変りながら舌を絡めた。吐息とリップ音が響く。こんなに甘ったるくて、熱いキスは初めてで、颯斗にしがみついた。
「せっかく素敵な部屋なんだから、お風呂一緒に入りましょう」
キスのあとで体が熱い。
「……うん」
驚いた顔をして、すごく嬉しそうに笑う。家だと狭いからって、ずっと断り続けてきたから、今日くらい。本当は恥ずかしくて入れなかっただけなんだけど。
「わっ……」
脚から抱き抱えられて、どこかのお姫様のようだ。
「恭介さんの気が変わらないうちに入りましょう」
必死な顔に、笑ってしまう。
ジャケット、ネクタイ、シャツを脱がせあって、気づく。こんな風に颯斗の裸をまじまじ見たことがなかった。
私より少しだけ褐色な肌、引き締まった体に、心音が速くなる。
「ベッドの近くにバスルームってなんだかエッチですね」
「そ…だな」
どうして颯斗はこんなに余裕なんだろう。
「恭介さん。怒ってる? 緊張してる?」
顔を覗き込まれて、
「やっぱり恥ずかしい」
「改まると余計ですね。俺も」
両手を握って、
「本当に?」
「本当に! 俺だって恥ずかしいことたくさんありますよ」
クスクス笑ってしまう。
「じゃぁ、ちょっとだけ先に入る。後から来て」
「ちょっとしか待ちませんよ」
シャワーのコルクをひねって温かい滴が体を包む。髪を濡らしていると、
「ちょっとだけ待ったから来ました」
後ろから抱きつかれて、
「まだなんにも終わってない」
「終わったら困る。俺がしてあげますね」
項にキスされて、甘噛みしてくる。
「颯斗。ちょっ」
体を反転させたらキスされて、腰から引き寄せられた。嬉しそうに小鳥みたいなキスばかりするから、両手で頬を包んで、私から唇を押し当てて、舌を差し入れる。颯斗の唇が大きく開いてそれに答えてくれた。
「好きにしていい」
諦めた。くるんと反転させられて、
「体洗いますね」
ボディソープの泡が体を滑っていく。
「んっ…触り……かた……」
「ちゃんと洗ってます」
胸元をなでながら、突起した乳首を爪で弾かれる。
「あっ…ああっ……」
「声、いつもより響きますね」
かぁっと体が熱くなって、唇を噛んだ。
「恭介さんのここ、硬くなってる」
泡がついた手がペニスを握ぎる。背中からら反対側の指が滑って、尻を撫でてその間を指が何度も上下に往復する
「はぁ……やぁ……は…颯斗…だめ」
壁に両手をついて尻をつき出すように前屈みになる。
「ほぐしておかないと」
指先が孔を撫でる。
「あっ…んぅ…。自分でする…から」
脚が震えてくる。背中がぞくりとして体の芯が熱い。
「してあげたい」
ペニスを優しく擦られる。つぷんと指が孔の入口に挿ってきて、
「ふぅ…んぅ…あっ……あっ」
背中がそれる。
「恭介さん…。やわ…らかいけど…」
「……」
指がくぷっとさらに奥に挿ってくる。
びくびく体が震える。
「恭介さん。自分でした?」
何回も聞かないでほしい。出来れば察してくれたらと思って颯斗をチラリと見ると、私より頬を染めているように見える。
「もし、そうなら…やばい。すげぇ興奮する」
私のペニスを握って、尻に指挿れている人物とは思えない。
「……風邪…引いた後から………少しずつ……した」
いきなり指の差し入れが速くなる。
「ひっ……ん…ぅぅ…あ…っん」
内側を指でかき回されて、
「 恭介さんの気持ちいい所、教えて」
颯斗の息が荒くなっていた。
「はぁ…あっ…もう少し……う…え…」
内側の指の動きが止まって、ゆっくり探るように触られて、
「ひゃぁ…」
体とあえぎ声の反応が一緒になる。
「膨らしてる」
そこに触れられると内側がきゅうと締まる。
「恭介さんのなか熱くてとろとろ」
ちゅくちゅく指が動く。ペニスに熱が集まって来て、心臓の音が大きく速くなる。
「颯斗…颯斗……そんなに…あああっ…んぅぅ…やぁ…イク。颯斗…」
壁についた手が力を失ってだらりとおちる。体を颯斗の腕が支えてくるている。シャワーのコルクをひねれば体を包んだ泡が流れ落ちていく。
「可愛いかったですよ」
首だけ傾けるとちゅっとキスされて、
「…気持ち…よかっ…た」
はぁと大きく息をはいた。背中に当たる颯斗のペニス。
「口でしようか?」
指先で触ると、
「ベッドでしてほしいです」
上目遣いで見つめられて、胸がきゅんとした。
「わかった」
女の子見たいに胸が高鳴るなんて、本人には言えないな。
「湯船浸かりましょ。お花浮かべて、ジャグジーだし」
バスタブの横にバラの花びら。
「女の子みたいだな」
「特別な日なんですよね」
ふふと笑って花びらを浮かべた。
「バラ風呂はクレオパトラも入っていたってしってるか?」
手のひらでバラの花びらを掬って見せる。
「有名ですよね」
「美肌効果で美容にもいいらしいが、病にも聞くらしい。ストレス解消、うつ病とか」
後ろからきつく抱き締めてきて、肩口に颯斗のおでこがのせられた。
「俺の病は恭介さんしか治せないかも」
猫なで声が聞こえてきて、
「恋の病だから」
耳元でささやかれた。
「……そんな事ばかり言って……ばか」
「バカでいいです。恭介さんこっち向いて」
振り替えって膝の上に乗った。颯斗の膝の上に座り込んで抱きついた。
「熱い。のぼせる」
「俺にですか?」
「違う。…違くはないけど、違う」
胸元にキスされて吸われる。
「あんまり付けると着替えの時困る」
キスマークをつけられて恥ずかしい。肌はもう高揚しているのに、そこだけ強い赤みが見えるのがくすぐったい。
「困ってほしいです」
真っ直ぐ見つめてきて、胸元に頬を擦り寄せてくるから髪を撫でてあげる。
「好きだよ」
「俺もですよ」
そう言ったあと、ちろっと乳首を舐めて口に含んだ。
「は…颯斗」
「目の前にあったら食べたくなります」
そのまま、たくさん乳首をチロチロ舌で、揺らされる。いもより体が敏感に反応すから、体が揺れると湯もぱちゃぱちゃ波立つ。
「あっ…こら」
唇で甘噛みしなが見つめてきて、ニヤリと笑った。
「髪が濡れてる」
覆い被さるように私の上に颯斗がいて、髪から滴がおちる。
「私のことばかり拭くからだよ。ちゃんと拭かないと」
押し倒して、床に落ちてるバスタオルでがしがし拭きあげた。
「恭介さんが上にいるって変な感じです」
「何も出来ない訳じゃないぞ」
颯斗の半身まで体を下ろして、足の間に体を割り込ませてから、前屈みになる。ペニスを握って切っ先を舌でペロッと舐めて口に含んだ。
颯斗のペニスは自分のより大きくて長い気がする。舌を這わせてながら一度口から離して、切っ先だけを丁寧に舐めて、笠のくぼみまで含んで舌をうねらせる
「恭介さん。視感的にやばいです」
体を半分起き上がらせて、私を見つめる瞳が熱かった。
口に含む度にペニスは大きくなり、ドクンと脈打つ。滴り落ちる愛液を掬っては舐めあげた。こんなに颯斗が興奮していると思うと自分のペニスも勃ちあがる。
内腿を擦り合わせながら颯斗のペニスを舐め続けた。
長い腕が尻まで伸びてきて、孔に触れた指がすんなり飲み込まれていく。指を増やされて内側を広げられる。
ペニスを舐めがら想像してしまう。指でに気持ちいいんだから、颯斗の太いペニスを内側に挿れたら頭がおかしくなるんじゃないかって。鳥肌がたつ。
「颯斗…」
目頭が熱くなる。きっとだらしない顔をしながら颯斗を見てしまってる。
頭を上下に揺らして颯斗を見ると、眉に皺が寄って、苦しそうなのに、気持ち良さそうにも見えた。
「恭介さん。はぁ…上手です。お尻もひくひくしてる。俺の欲しいですか?」
「んぅ…んっ…ん」
返事の代わりに喉までペニスを押し込むと、颯斗の腰が揺れて突かれる。
すごく大きくなって、今にも弾けそうだ。
「ああっ……イク…出します」
口の中にどろどろと精液が溢れて口の端から滴り落ちる。
柔らかくなったペニスが口の中から引き抜かれて、ぐいっと腕を引っ張られた。膝の上にのせられて、
「嬉しいけど、頑張りすぎです」
口許を指で拭われた。
「いつも、よくしてもらってるから」
自分から颯斗をきつく抱き締める。
「初めてだ。こんな風にしてあげたいって思ったの。颯斗のだと思うとたくさんしてあげたくなる」
首筋にキスを落として、首と鎖骨の間に吸い付く。
「ネクタイ緩められないですよ」
「見せてやればいいよ」
仕返しとばかりにニヤリと笑う。キスをして、
「風邪ひいたとき、あのとき颯斗は勃たなかった?」
おでこをくっつけた。
「今、聞きます?」
「知りたい」
口を尖らせると、頬を両手で包まれて、
「勃ったし、トイレいって抜きましたよ。恭介さんがエロいから、犯さなかっただけ偉いと思いました」
とさっと優しくベッドに押し倒されて、
「颯斗」
自分から脚を少しだけ開いた。颯斗が黙ったまま、枕の横に置いていたローションをペニスになじませる。
「やっと恭介さんと繋がれます」
孔にペニスの切っ先が触れて、ぐぷっと内側に入ってきた。
「んんんっ……はぁ…はぁ…」
息がつまる。苦しくて、熱い。
膝裏を持ち上げられて、尻がもちあがって脚がたたまれる。
「あっ…あっ…おっき……」
内側がめりめりひろがるのに、柔肉の壁はうねる。
「……っ。き…つい」
全部挿いっていないのに颯斗の動きが止まった。尻が下がってシーツに触れる。
「颯斗?」
内側にいたペニスを引き抜いて入口付近で浅く、押し入れされる。リズムよく擦られるから、だんだんと孔が熱くなる。
「あっ…んっ…」
尻が揺れて、腰がひくつく。
「好きでしょ」
「んぅ…はぁ……いい…」
「可愛いです。とろとろになってきた」
頬を撫でられたから、顔を擦り寄せて、手のひらにキスをした。体の力が抜けても体は熱い。
颯斗が、片足を持ち上げて肩にのせた。腰を掴まれて、それを見ていたら、ぐんと一気に内側に挿ってきた。
「あっ…あああっ…やっ…」
ビリビリ背中に電流が流れたようなしびれを感じる。
「んんん……ふぅんん」
きつく閉じた瞼を開くと、汗だくになった颯斗が肩で息をしていた。
「大丈夫?」
腕を伸ばして指先で頬に触れると
「恭介さんの方が辛いでしょ」
そのまま両手を伸ばした。脚をゆっくり降ろされて、颯斗が腕のなかに落ちてくる。
「気持ちいいです」
「颯斗でいっぱいになった」
首だけ持ち上げてぱっと私を見た。
「辛くないですか?」
「大丈夫。好きにしていい」
キスして、颯斗が動き出す。
内側を突かれると、鳥肌がたつ。ぞわっとするのに熱く感じて、声を押さえられない。
パンパンと肉がぶつかる。激しいのに、優しくて、気持ちいい場所ばかりを攻めてくる。
「ああっ……ふぁ……くっ…ふぅ…」
ぞくりとして鳥肌が立つような感覚。でも体は熱くなって、腹の奥がじんじんして快楽の波が押し寄せる。
「は、颯斗……いい…奥……きて」
右手に指が絡んで握られたから、強く握り返した。
「ひどくしちゃいそうです」
困った顔をされて、
「奥……熱くて…颯斗の…ほしい」
口がふさがって深く舌が絡み合う。
「知りませんよ」
喉がそれて、旋毛がシーツに触れる。深いキスに頭の中が、蕩ける。
乳首を摘ままれて爪で弾かれると、足のつま先までピンと伸びきるくらいに感じてしまう。さらに強く激しいピストンが始まって内側を刺激した。
「はぁ……っ…颯斗…あああっ…あっ…ん」
押し入れされながら、
「恭介さんのなかきゅうきゅう締まるから」
颯斗の声が途切れる。
「イッてもいい? もちそうにないです」
頷くと、体を揺すられる。ストロークは短くなってピストンが速くなる。
内側で颯斗のペニスが大きくなってびくびくしている。
「恭介さん。好き、愛してる」
「はぁ……うん…あっ…ああああっ… 」
深くうち突かれて、弾くようにびゅくびゅく熱い精子を流し込まれた。
二人一緒に息を飲み込んで、はぁはぁと大きく息を整える。
お互いベッドに横向きになって対面した。
「熱いです」
「本当に。でも嬉しくて、すごく幸せだよ」
抱き寄せられた。
「熱いんじゃないのか?」
「意地悪ですね。そんな顔されて、抱きしめない男がいたらぶん殴ってやります」
髪をすくように撫でられて、脚を絡める。
「エッチの時の恭介さん、本当に可愛くて、エッチです」
「颯斗だからだよ。頭の中おかしくなるくらい気持ちいいなんて知らなかった」
何度キスしても気持ちよくて離れたくなくなる。
「颯斗はどんな時も格好いいな」
柔らかな布団にくるまる。素肌でふれあいたくてそのまま眠りにつく。
朝になって、チェックアウトはお昼近くだから、食事を部屋まで持ってきてもらって二人で食べた。
颯斗が、朝からしたいって言うから年甲斐もなく何度かしてしまった。
体はだるかったが、気持ちは幸せに満ち満ちていた。
ポコンとさっきのメールの続き。
『話したいことがあります。大切なこと、恭介さんに聞いてもらいたい。別れ話じゃないから安心してください』敬礼した鳥のスタンプ。
私が心配するってわかってるから、こうやって伝えてくれる。
大切な話?首をかしげていると、
「嶋谷さん?」
「ああ、何でもない」
新しい部下から書類を手にする。颯斗のデスクに目をやるとパソコンとむきあっている。
『恭介さん、仕事して』
メールが送られてきて顔が熱くなった。颯斗がこんな時間にメールするのが悪いとそう思った。
『颯斗のせいだ。話は聞かない』
メールの返事を返した。
「恭介さん。まだ怒ってるんですか?」
キッチンで鍋を用意している私のそばから、颯斗が離れないでいる。
「怒ってない」
「でも、大切な話はあるんです」
テーブルの上のコンロに鍋を置いた。
「だから、怒ってないし、聞く」
とぼとぼソファまで寄ってきて、
「颯斗、聞かせてくれるんだろ」
隣に座った。
「恭介さん、俺と付き合ってどれくらいかわかりますか?」
真っ直ぐ見つめられる。
「2年くらいだな」
はっきりと答えた。
「うちの更新が二ヶ月後なんです」
お互いに無言になってしまう。
「恭介さん家に引っ越ししてきたらだめですか?」
颯斗が嬉しそうに、
「俺、恭介さんのそばにいたい」
鞄からごそっと小さな四角い箱。テーブルに置かれて困惑する。
「颯斗、すぐに答えないと、だめ」
見つめ返すと、
「俺がガキだからですか?」
颯斗が、傷ついている。
「違う。私自身の問題なんだ。暮らしたくないわけじゃない」
あとの言葉がでなかった。
「……わかりました。待ってます」
颯斗になにも言わせてやれなかった。いつも見たいに抱きあえなくて、でも一つのベッドで眠りについた。
寝付けなくて、深夜にベッドをそっと抜け出した。颯斗がくれた小さな箱には二つの指輪が並んでる。
少しサイズが大きい方を指にはめてみる。
すぐに、返事をしてあげたかった。すごく、すごく嬉しかった。同性で付き合うにはある程度の覚悟が必要で、社会的なこととか、家族とか、颯斗はまだ若いからたくさんの選択を残してあげた方がいいんじゃないかと思ってしまった。
年をとると、いろいろかんがえてしまって、手放しで喜ぶことができない。
ため息ばかりだ。
「恭介さん」
名前を呼ばれて、すぐに抱きしめられた。
「ごめん。起こしたか」
背中に腕を回した。
「眠れなかったから、関係ないです」
強く抱きくるめられた。
独り言みたいに、
「一緒に住むって言われて嬉しかった」
呟いた。
「本当に」
「うん。颯斗と一緒にいる時間が多くなって別々の家に帰るの、寂しかったし」
ポツポツ呟いて、
「会社とか、家族とか…………違う。颯斗が私から離れていったときを考えたら、一番つらい。君はまだまだ、若いし私はおじさんだし」
やっと全部言えた。
「恭介さん、俺、親には言いました。会社の人とは言ってないけど、年上で、同性で、ずっと一緒にいたいと思えるひとがいるって」
颯斗を見つめた。
「それくらい、恭介さんを思ってます。俺はなに言われてもいい。パートナーになるのに法的なことが必要なら、養子縁組しましょう。親に言ったら、そこまで決めてるなら、反対しても仕方ないからそうすればって言ってもらえました」
視界が揺らぐ。
「もう少しきちんと話せばよかった。不安にさせてごめんね」
頭を左右にふった。涙が頬を伝っていく。
「ごめん。私に覚悟がなくて」
「そうやって考えるかなって思たから、先にクリアにしておいたんです。よかった。さっき話をするとき緊張してて、絶対にいいよって言ってくれると思っていたから、断られてショック受けてちゃんと言えなかったんです」
へへっと笑った。
「颯斗、もう一回言って」
颯斗が深呼吸して、
「もう少し先で構わないから、結婚してください」
胸がいっぱいになって熱くて、涙がパタパタ落ちていく。
「同棲のはなし」
「本当はこっちがメインで、同棲はおまけです」
胸に顔を擦り寄せた。
「返事下さい」
「いいよ。結婚も、同棲も。颯斗、愛してる」
唇を重ねる。舌を差し入れて、絡めあう。項に置かれた手で引き寄せられて、キスが深くなった。甘いキスにとろけてしまいそうだ。
お互いに指輪をはめて、唇が触れ合うだけの誓いのキス。瞼を開くと、
「ベッドいきましょうか」
「いま、ほしい。ここでしたい」
服をバサバサ脱ぎすてて、ソファに座って脚を大きく開いた。
「ちょっ、恭介さん」
「早く、颯斗の欲しい」
自分の指で孔に触れた。
颯斗に見せつけるように、指を浅く押し入れして、ペニスを握って擦りあげる。切っ先からねっとりとした滴が滴り落ちて、手を濡らした。
「颯斗……はやく…」
腰をしゃくらせて誘うと、
「明日、足腰たたなくなっても知りませんから」
そういわれて、指ごと孔をベロりと舐められた。
「あっ……ん…颯斗…」
「指で広げて見せて」
両方の手で、尻たぶを掴んで左右に広げる。颯斗の舌が広がった孔に舌先でぴちゃぴちゃ舐めてくる。
「真っ赤ですよ。ひくつくかせて恭介さん本当にスケベ」
尻が、上下に揺れる。
「あああっ……颯斗…はぁ…んぅ…いい……気持ち……い…」
舌と指が内側を攻めてくる。ビリビリする快感が、体を駆け巡る。もっとよくなりたくて、我慢できずに、乳首を自分の指で摘まんで、転がしながら押し潰した。
「ふぁ……あっ…ん…颯斗…颯斗の…欲しい」
何度も腰をくねらせて誘うと、
「もう、本当にスケベ。俺以外にそんなことしたら許しませんよ」
切っ先が孔に触れると体も震えた。颯斗のペニスで突き突かれる快楽は極上で、体が覚えているから、挿れる前から奥がじんじんしてる。
「そんなにほしい?」
「んっ…早く…あっ………颯斗…あああっ」
ずんっと奥までペニスが挿いってきた。内側に颯斗で一杯になると体の芯が熱くなった。引き抜かれる瞬間寂しさを感じながら同時に体が疼く。
もどかしくてたまらない。何度も尻をくねらせて、ねだった。
ずくずく立ち上がるような疼きを逃がしたくて声をあげる。
「乳首もまだ触ってないのに赤くして、いつからこんなになったんですか?」
パンパン強く肉がぶつかる。前屈みになりながら乳首に食いつかれて、強く吸われる。
「あっ…あっん……あああっ…ダメ…やっ」
颯斗の腕を掴んで、爪をたててしまう。
「やだじゃないでしょ。腰も揺らして、恭介さんは淫乱だな。俺なしでどうしようと思ったんですか?」
「颯斗……んぅぅ…もっと…いっぱいに……あっ…あっん…」
「聞いてないですね。あんまり飛ばないで下さい」
ストロークが早い。内側をぐちゃぐちゃかき回されて、快楽で頭んなか真っ白。
痙攣するような震えと、颯斗の熱に溶けそうだ。
「あああっ……イク、颯斗……あああっ……んぅ…んんんっ」
びくびく大きく体が跳ねて、熱を放出した。腹に、白い液体が散らばってる。
「おちつきました?」
息を落ち着かせながら我に返った。
「ごめん。たがが外れた」
髪を撫でられて、
「じゃぁ、俺もいきたいんでもう少し頑張ってください」
ぐいっと腰を掴んで体を引っ張られて、さらにグリグリ奥を責められた。
「ひっ……んぅ…ぅ」
体に力が入らないまま好き勝手されて、内側を擦れば柔肉がうねって締まる。好きだと思えば思うほど、きゅうきゅう締め付けた。
「……っ……」
ぎりっと颯斗が奥歯を噛む音がする。
絶頂が近い。ペニスが大きくなって、さらに熱くかんじる。早いストローク、荒い息遣い。
「恭介さん」
名前を呼ばれると同時に、ペニスからドクドクと熱い精液が流れだしてくるのがわかる。腹のなかが颯斗で溢れそうだった。
颯斗の家と、私の家に挨拶にいった。颯斗は一番末っ子だけあって随分と可愛がられているのがわかる。
申し訳なくて何度も頭を下げた。
それでも颯斗の家族に歓迎されて、同棲と、養子縁組の話を了承してもらえた。
うちは、たくさん反対されて、諦めようとした。
颯斗が一生懸命、毎週私の両親に会いに行っていた。私もだんだん一緒に足をはこんだ。親とケンカするのもはじめてで、言葉にならないこともたくさんあった。
毎回、会いに幾度に聞かれてもいないの私の好きな所を嬉しそうに颯斗が、並べて話すから最後は二人が根負けしておれてくれた。
颯斗のために籍をいれるのはもうすこし待つようにいわれて、私もそうだと思った。颯斗が『待てません』とはっきりいうから、年内か来年くらいにはそうなるのかと思いにふける。
「恭介さん」
笑顔でリビングに飛び込んできて
「ただいま」
抱きついてくる。
「お帰り」
それを受け止めて、キスをした。
「毎日はしないからな」
「じゃぁ、俺が飽きるまで」
にんまりと笑う。
「だいぶ先になりそうなんだが」
「飽きませんから」
じっと颯斗を見つめる。
「ずっと敬語だったから、いきなりは抜けないです」
じっと見つめて、
「名前も」
颯斗が困ってる。
「恭介、ただいま」
いい直したからもう一度キスをした。
「颯斗、もう一回」
「どっちを」
「キスしたい」
颯斗の瞳が緩くなる。
「俺の方が根をあげそう」
颯斗の唇が触れて合わさる。自分にはこんな感じの甘さはないとおもっていたのに、颯斗相手だとハチミツみたいにとろとろで甘ったるい。
「だめ。まだ片付け終わってないし、今週忙しいの知ってるよね」
「まだ、なにも言ってない」
「だって、そんな顔されたら誘われてるって思うし、したくなるし、可愛いし」
頭抱えて苦悩する。
「で、どうする」
「が、我慢する。週末抱き潰す。どこもいかないで、イヤって言ってもやめないから、覚悟して」
どうやら煩悩に勝ってしまったようだ。
「楽しみにしてる」
抱きしめて、席をたった。
颯斗と暮らし初めて数日がたつ。今まですんでいた部屋から、マンションを買って移り住むことにした。
間取りは少なくても二人なら十分広い。バスルームだけは、颯斗が大きくしたいと言うから二人で入っても余裕があるくらいの大きなものにした。
まったく、不純だ。
颯斗のどっぷり甘い愛情に浸かって生きていくのが少し怖いときもある。でも、手放したいとは思わない。
「恭介さん、お腹すいた」
颯斗が笑うだけでこんなにも幸せになるんだから。
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