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「なぁに独りで百面相してるんだ?これから夏の思い出作りに行くんだから、俺のことだけを考えてろよ」
いつもであったらエスコートしなれている翔琉のセリフに見えない過去の相手を感じてしまうが、不覚にも浴衣姿で魅力が割増の翔琉に胸がドキンと高鳴ってしまう。
今夜の俺の気持ちは本当に忙しい。
今だって、そう言ってくれた翔琉の腕にしがみつきたい衝動に駆られ、手を伸ばしたところでぎゅっとその自身の手を握り触れるのを我慢する。
実際は、人前で手を繋ぐ勇気も無いくせに。
「颯斗?」
これ以上翔琉を直視すると本当にその腕にしがみつきそうな自身に、俺は俯いて左右に首を振った。
だが次の瞬間、翔琉の方から俺の左手をきつく握り締め躊躇無く個室のドアからフロアーへと1歩踏み出す。
「……!」
翔琉の堂々たる行為に、副店長や他のスタッフがいる前で手を繋いでいる事実に羞恥を感じ、その手を思わず振り払ってしまう。
翔琉、怒った……?
つい衝動的にやってしまったこととはいえ、翔琉を傷付けてしまったかもしれないと思った俺は酷く自己嫌悪に陥る。
「恥ずかしいか?……少しずつ慣らしていこうな」
チラリと俺の方を振り向いた翔琉は、怒るどころか穏やかな笑みを浮かべ周囲に配慮した声のトーンでそう話した。
……ごめんなさい。
俺が子どもで、その覚悟と経験が無くて。
上手く謝罪と感謝の気持ちを伝えられない俺は、歯痒さだけが心に残り何とも言えない表情でコクンと頷く。
「さ、行くぞ。祭りデート楽しもうぜ」
そう言って、淡いグレーの浴衣に身を纏った翔琉は副店長に挨拶をし、俺と微妙な距離感を保ちながら祭りの喧騒の中へ足を踏み入れたのだった。
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