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 同窓会の会場は表参道の店だった。貸し切りスペースで完全にパーティー仕様。日常とは少し違う空間で、同級生たちとの久々の再会に、私は胸を躍らせている。会場へ向かう足取りも、心なしか軽い。みんなどんな風になっているだろうか。結婚したり、子供がいたり、みんなそれぞれの10年を歩んできたのだろう。だけど、私だってただ10年をぼーっと過ごしてきたわけじゃない。裕君と出会って、私は今、最高に幸せなのだから。  会場の扉を開けると、既に集まっている同級生たちの視線を一気に浴びた。 「うっそぉ~、美月ぃ~?」 「え?弘果?わぁ、久しぶり」 私に駆け寄ってきたのは、弘果(ひろか)だった。高校では同じ陸上部に所属していて、彼女はもっぱら長距離を選択していた。私はと言えば、まぁ一応陸上部・・・・程度のもので、弘果のように得意なことがあることを当時は羨ましく感じたものだ。  弘果は私の手を引いて、嬉しそうに同級生たちの元へ入っていく。 「みんなぁ、美月がきたよー」 弘果の声に、同級生たちからの歓声が上がる。見渡せば、みんなどこか面影を残しながらも、すっかり大人になっている。 「ねぇ、奈子(なこ)来月結婚だってー」 「うっそぉ、賢人(けんと)自分で会社やってんのー?えー、信二(しんじ)は賢人の会社で働いてるって、まじでー?」 「陽太(ようた)、先月2人目生まれたのー?まじかよ?写メみせろってー」 みんなまずは軽く自らの近況を伝えあって、早くも盛り上がっている。あたりまえだけど、同じ学校の同じ教室で過ごしたメンバーは、10年の月日を経てそれぞれの道を歩んでいた。 「ねぇ、美月は?仕事何してるの?彼氏は?結婚は?」 私は含んだような笑みを見せた後で、少し控えめに口を開いた。 「うん。今ね、彼と一緒に住んでるよ」 「うっそぉ~、じゃぁその彼と結婚?」 「うん。いずれはそうなると思う」 私の言葉に、同級生たちが盛り上がる。参加者が全員集まったところで、幹事が挨拶をして、同窓会は益々の盛り上がりを見せた。  貸し切りの会場で、料理はヴュッフェ形式で小さなバーカウンターには1人バーテンダーがいるだけだ。料理がなくなると、どこからともなく店員が現れて料理を補充していた。そんな会場のなかで10年前と明らかに違うのは、男子たちが動き、料理やお酒を女子の元まで運んでくれること。すっかり紳士になったものだ。まぁ、男子女子という年齢でもないけれど、同級生とのこの空間ではどうしてもそんな言葉がでてしまう。そんな中、会社を立ち上げたという賢人が、ビールーを2つ持って私の隣に来ると1つを渡された。 「美月、久しぶり」 「わぁ、賢人じゃぁん。社長なんだって?」 「いや・・・まぁそうだけど、まだまだ小さな会社だよ」 「それでも、社長でしょ?凄いよ」 「そうかな?ありがとう」 そういえば、高校の時私は彼が好きだった。笑うと下がる目じりは、10年経った今でも変わらない。むしろ、すっかり大人の男になってさらに魅力的になっているようにさえ思う。賢人からビールを受け取り、軽く乾杯をした。 「美月、今一緒に住んでる奴いるんだって?」 「うん、そうだよ」 「結婚するの?」 「たぶんねぇ・・・・、でも、今は一緒にいれたらそれだけでいいかなぁ」 「なんだよ、それ。一緒に住んでもう長いの?」 「ううん。実はねぇ、もうすぐ1か月」 「なんだ、最近じゃんかよー」 「そうなの。まぁ2年くらい付き合ってたんだけどね、ちょうど1か月前に彼から別れを切り出されちゃってね」 「は?なにそれ?そこから、どうして同棲になるわけ?」 「えー、話すのぉ~?」 「聞かせろよぉ~」 本当は裕君とのことをのろけたくて仕方がないくせに、一応隠すようなそぶりをしてみる。お酒の力も手伝って、こんなどうでもいいやりとりが楽しい。 「え?なになに?美月の男の話?」 そう言ってグラスを片手に入って来たのは、蒼佑(そうすけ)だ。 「なんだよー、蒼佑てめぇ入ってくんじゃねぇよ」 「ざけんな、俺もいれろー」 蒼佑と賢人は昔から仲がよかった。2人とも当時から運動神経も良く明るくて、いつもクラスの中心にいた。  昔と全く変わらない彼らのやり取りに、懐かしさがこみ上げる。そこへ弘果も再び戻ってきた。弘果は昔蒼佑が好きだった。10年経ってもやっぱり、高校生の頃に好きだった人というのは、どこか特別に思えてしまう。 「ねぇ、美月聞いてよー。蒼佑今、刑事なんだって!凄くない?」 「えっ?刑事?」 蒼佑を見ると、照れたように後ろ頭をかいている。 「いや、俺なんかまだまだだよ。先輩たちはホント凄くてさ。でも、俺もいつか先輩たちみたいな敏腕の刑事になりてぇなって思ってるけど!」 「まじかっ、蒼佑まじで刑事?どんな事件担当したんだ?」 「ばぁか、そんなん言えるわけねぇだろ」 「なんだよー、教えろよー」 ついさっきまで、私と裕君の話で盛り上がっていたのに、あっという間に蒼佑の話になってしまったことに、少しがっかりしながらも、私は意識して笑みを浮かべていた。そんな私の心情を知ってか知らずか、再び私と裕君の話にスポットを当てたのは、さっき話題を一瞬で掻っ攫っていった蒼佑本人だった。 「俺のことなんかいいからさ、それより美月だよ。お前男とうまくいってんのか?」 「えー、また私の話ぃ~」 少ししかめっ面でいかにも自分の話はいいのに・・・・という雰囲気を(かも)し出しつつも、内心はガッツポーズだ。 「あ、そうそう、こいつ1か月前に別れ話した男と今住んでんだってよ」 賢人の一言で、うまい具合に話が中断したところへと戻される。 「えー、まじで言ってるの?別れ話まで進んだ男とどうしたら同棲って話になるわけー?」 弘果もいい具合に興味を持ったようだ。 「えー、だからね、その時は私がふられる感じになっちゃったんだけど、私としてはやっぱりどうしても別れたくなくてね。それこそ、電話とかLINEとか、会ったりもしながら、色んな話したよぉ」 「えっ?なに?それって、美月の愛が彼を説得しちゃった感じ?」 「もぉ~やめてよ、弘果ぁ、そう言われると恥ずかしいけどぉ、まぁそうかなぁ」 照れながらもどこか誇らしげに語る自分自身に酔っているのか、お酒に酔っているのかわからないけど、とにかく気持ちがよかった。大好きな裕君とののろけ話を、こんなに話せるなんてなんて同窓会万歳である。 「で、なに?相手の男っていくつくらいなの?」 蒼佑が新しいお酒を私に渡しながら聞いて来た。 「2こ上だよ」 「へぇ~、なんだよ、お前。メロメロじゃねぇかよ。ダァリンとか呼んでねぇだろうなぁ?」 「えー、呼んでないよぉ、ちゃんと裕君って呼んでるよ」 「裕君ねぇ。羨ましいなぁ。そいつ仕事は?」 「えっとねぇ、飲食関係だけど今は少しお休みしてる。私と別れ話の喧嘩してからね、すっごく反省してくれたんだと思う。今は長期休暇とって一緒にいてくれてるの」 私の言葉に、隣で弘果が悶えている。 「なにそれぇ~、めっちゃ愛されてるじゃぁ~ん!」 「まぁ、雨降って地固まるってやつだな」 賢人も頷きながら、冷やかすような眼差しで私を見た。それが嬉しくて、心地よくてたまらなかった。 「じゃぁさぁ」 ふいに弘果が口を開く。 「今日とか、大丈夫だった?ほらぁ、結構同窓会とかって警戒する男おおいじゃん?楓なんか今日ここに来る来ないで、彼氏と喧嘩したらしいよ」 「あぁ、うん。裕君は大丈夫だよ。今日もね気持ちよく私を送り出してくれたよ」 「なになに?行ってきますのチューとかしてきたわけ?」 「やだもぉ~、蒼佑が言うとなんかエローいっ!」 美月と蒼佑の会話に思わず、出先の事を思い出す。 「うん。裕君の指先はね、ひんやりとしていてね・・・・」 「なぁに、美月、のろけぇ~?でもさ、手が冷たい人は心が暖かいっていうじゃない?」 「そうだね。裕君は優しいよ。私を凄く愛してくれているの。ずっと・・・・私と一緒にいてくれる」 「やだぁ~、もうそれマジのろけじゃぁん。あぁ~なんか羨ましいなぁ」 「うん・・・・。そうだね、私今幸せだよ・・・。あー、なんか裕君に会いたくなってきちゃった」 裕君の話をしているうちに、無性に彼の顔が見たくなって私は立ち上がった。 「え?ちょっと美月?」 ぽかんと私を見上げる弘果に、私はにっこりと笑みを返す。 「ごめん。やっぱり裕君心配してると思うから、私帰るね。あまり彼に心配かけたくないの」 「えっ、うそ・・・まじで言ってるの?」 「うん、じゃまたね。みんなには言わないで帰るけど、よろしく言っといて」 「え?やだ、待ってよ、美月ぃ」 弘果の言葉を最後まで聞くことなく私は店をあとにした。
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