ほどよい温度

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さほど難しい山ではない。以前登頂したこともある。しかし僕は今、行く先を見失いそうになっている。登山道は雪で埋もれ、先行者のトレースも消えかかっている。この視界では自力でルートを見極めるのも難しいだろう。引き返そう。 振り返ってみると、自分のつけた足跡すら少し薄くなっていてゾッとした。もたもたしていたら、戻ることもできなくなる。気持ちが焦ったからか、降り積もったばかりの雪に靴が沈み、足を取られた。まずいと思った時にはもう遅く、僕は無様に横に倒れ左足を捻ってしまった。歩けないことはないが、状況はますます悪化した。 「まさに時間との勝負って感じだったからね。」 不意にカチャという音がして、僕と周平は共用部の入口のドアを見た。そこには大きなトランクを二つ抱えた女性が立っていた。 「あの……初めまして。碓氷(うすい)雪菜と申します。今日からこちらのシェアハウスでお世話になります。」 よろしくお願いしますと言って、雪菜は頭を下げた。
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