ほどよい温度

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「横殴りの」という修飾語は雪にも使えるんだっけ。視界を遮る吹き付ける白。ウェアの衣擦(きぬず)れの音も、靴に装着したアイゼンが地面を踏みしめる音も、風の音にかき消されて聞こえない。道中天気が悪くなりそうだとは思ったが、ほんの十分ほどでここまで悪化するとは。もしも今判断を誤れば……「遭難」という言葉が頭を(よぎ)る。 僕が山に登るようになったのは、山での遭難事故の特集番組を見てからだ。厳しい自然の中に身を置いた時、人はなんと非力なのか。ショックも受けたが、同時に湧き起こったのは不思議な感情だった。年齢も性別も肩書きも、山の前では関係ない。準備を怠った者が、入念に準備を行った者が、登山初心者が、登山経験者が……運良く助かり、運悪く死ぬ。確率で言えば、備えのある経験者の生存率が一番高いのは間違いないが。山は誰に対してもーー僕みたいな中身のない人間にも、傲慢で理不尽で……優しいと思った。
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