午前二時の戯言

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 深夜のコンビニ。  この時間になれば客なんて来ないに等しい。  たまに酔っ払ったオヤジがふらふらと立ち寄るくらい。  ヒマを持て余していた藤は、はたきを手に店内を歩き回っている。  同じくバイト中の相葉は、カウンターに頬づえついてぼーっとしている。  午前二時。  ヒマすぎる。  しかし先は長い。  ふぁあ、と大きな欠伸をしながら、役目を果たしていないはたきをくるくると指で回した。 「なあ」  その声に怠惰な動きで相葉に顔を向ける。  相変わらずだらけた姿勢の相葉は、とてもじゃないが仕事中とは思えない。 「おまえさ、彼女ほしくね?」 「なんで?」 「おまえを紹介してくれっていってるやつがいる」 「へえ」 「ものずきだよな」 「おまえがいうな。俺のセリフだ」  おっと、と相葉はわざとらしく肩を竦めてみせる。 「誰?」 「俺と同じ学部のやつ」 「じゃあ、俺知らないね」 「一回だけここにきたことあるよ」 「マジ?」 「おまえが酔っ払いに絡まれているとき」 「ヘェ」 「そのときおまえを見て一目惚れしたんだと」 「それはまた・・・」 「ものずきだよな」  相葉はおもしろそうに眉を吊り上げて笑っている。  相葉とは同じ大学だ。  でも学部が違うため大学で会うことは、ない。  ここで週に4回ほど会うだけ。  カウンターに入り、レジの下の棚にほうきを放り投げた。  相葉は身体を起こし大きく伸びをする。  ふわりと、女が好きそうな香水の匂いが鼻を掠めた。 「そのコかわいい?」 「まあまあ」 「色白?」 「まあまあ」 「髪長い?」 「・・・短いな」 「あっそ」 「おまえそんなこだわりあるのか?」 「いや、訊いてみただけ」  あっそ、と相葉は呆れ顔でため息を吐く。  何気に覗いた時計の針はまだ二時半にも届かない。  忙しいよりヒマなほうがいい。  けれど、ヒマすぎるのは逆に疲れる。 「・・・で、どうする?」 「なに?」 「だからいまの話」 「ああ」  うーん、と首を捻ってそのままその場にしゃがみこむ。  客がくる様子もないし、カウンターの中にいれば万が一客がきたとしても見えない。  隣に立っている相葉が咎めるような眼で見てくるが、あえて無視。  これからの長い時間を考えれば少しでも休みたい気分だ。 「べつにどっちでも」  呟いたセリフに、相葉は眉を顰めて自分を見下ろした。 「なんだよそれ」 「なんていうか、彼女がほしくないわけじゃないけど、ほしいわけでもない、って感じ」 「わけわかんね」 「だろうな」  俺もわからん、気だるげに茶色い髪をかきあげると、少しだけ触れた左の耳が微かに疼いた。  昨夜、ピアスを引っ掛けて少し膿んでいる耳朶を、ピアスごとそっと擦ってみる。  じんわりと、痛い。  微かな痛みに顔を歪めていると、上から小さなため息が訊こえた。 「おまえさ、そのやる気のなさどうにかしたら?」 「うーん」 「すぐに『どうでもいい』で済ませるタイプだろ」 「どちらかといえば」  命に係わるほどのこと意外なら大抵は、どうでもいい。  まあ、そんなに悩むほどのことがないってこと。  人生はそんなものだ。  相葉が何度目かのため息を吐きながら、隣に座り込む。  相葉の短い黒髪が微かに、揺れた。  ふいに伸びてきた相葉のごつい手で肩を掴まれる。 「なんでも『どうでもいい』なんだろ?」  相葉の薄い唇がにやりと笑った。  柑橘系の香水の匂いが、さらにきつく鼻を・・・脳を刺激する。  余裕ないい回しとは裏腹に、しっとりと汗ばんだ相葉の手の熱が、Tシャツ越しに伝わる。 「・・・ここ監視カメラあるの、知ってる?」 「『どうでもいい』だろ?そんなこと」  嫌味っぽくいい放った相葉の唇は、おもったより、やわらかかった。
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