58人が本棚に入れています
本棚に追加
深夜のコンビニ。
この時間になれば客なんて来ないに等しい。
たまに酔っ払ったオヤジがふらふらと立ち寄るくらい。
ヒマを持て余していた藤は、はたきを手に店内を歩き回っている。
同じくバイト中の相葉は、カウンターに頬づえついてぼーっとしている。
午前二時。
ヒマすぎる。
しかし先は長い。
ふぁあ、と大きな欠伸をしながら、役目を果たしていないはたきをくるくると指で回した。
「なあ」
その声に怠惰な動きで相葉に顔を向ける。
相変わらずだらけた姿勢の相葉は、とてもじゃないが仕事中とは思えない。
「おまえさ、彼女ほしくね?」
「なんで?」
「おまえを紹介してくれっていってるやつがいる」
「へえ」
「ものずきだよな」
「おまえがいうな。俺のセリフだ」
おっと、と相葉はわざとらしく肩を竦めてみせる。
「誰?」
「俺と同じ学部のやつ」
「じゃあ、俺知らないね」
「一回だけここにきたことあるよ」
「マジ?」
「おまえが酔っ払いに絡まれているとき」
「ヘェ」
「そのときおまえを見て一目惚れしたんだと」
「それはまた・・・」
「ものずきだよな」
相葉はおもしろそうに眉を吊り上げて笑っている。
相葉とは同じ大学だ。
でも学部が違うため大学で会うことは、ない。
ここで週に4回ほど会うだけ。
カウンターに入り、レジの下の棚にほうきを放り投げた。
相葉は身体を起こし大きく伸びをする。
ふわりと、女が好きそうな香水の匂いが鼻を掠めた。
「そのコかわいい?」
「まあまあ」
「色白?」
「まあまあ」
「髪長い?」
「・・・短いな」
「あっそ」
「おまえそんなこだわりあるのか?」
「いや、訊いてみただけ」
あっそ、と相葉は呆れ顔でため息を吐く。
何気に覗いた時計の針はまだ二時半にも届かない。
忙しいよりヒマなほうがいい。
けれど、ヒマすぎるのは逆に疲れる。
「・・・で、どうする?」
「なに?」
「だからいまの話」
「ああ」
うーん、と首を捻ってそのままその場にしゃがみこむ。
客がくる様子もないし、カウンターの中にいれば万が一客がきたとしても見えない。
隣に立っている相葉が咎めるような眼で見てくるが、あえて無視。
これからの長い時間を考えれば少しでも休みたい気分だ。
「べつにどっちでも」
呟いたセリフに、相葉は眉を顰めて自分を見下ろした。
「なんだよそれ」
「なんていうか、彼女がほしくないわけじゃないけど、ほしいわけでもない、って感じ」
「わけわかんね」
「だろうな」
俺もわからん、気だるげに茶色い髪をかきあげると、少しだけ触れた左の耳が微かに疼いた。
昨夜、ピアスを引っ掛けて少し膿んでいる耳朶を、ピアスごとそっと擦ってみる。
じんわりと、痛い。
微かな痛みに顔を歪めていると、上から小さなため息が訊こえた。
「おまえさ、そのやる気のなさどうにかしたら?」
「うーん」
「すぐに『どうでもいい』で済ませるタイプだろ」
「どちらかといえば」
命に係わるほどのこと意外なら大抵は、どうでもいい。
まあ、そんなに悩むほどのことがないってこと。
人生はそんなものだ。
相葉が何度目かのため息を吐きながら、隣に座り込む。
相葉の短い黒髪が微かに、揺れた。
ふいに伸びてきた相葉のごつい手で肩を掴まれる。
「なんでも『どうでもいい』なんだろ?」
相葉の薄い唇がにやりと笑った。
柑橘系の香水の匂いが、さらにきつく鼻を・・・脳を刺激する。
余裕ないい回しとは裏腹に、しっとりと汗ばんだ相葉の手の熱が、Tシャツ越しに伝わる。
「・・・ここ監視カメラあるの、知ってる?」
「『どうでもいい』だろ?そんなこと」
嫌味っぽくいい放った相葉の唇は、おもったより、やわらかかった。
最初のコメントを投稿しよう!