ある日記

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ある日記

  大学の卒業式の日、私は式を終えて直ぐに、その足で電車に飛び乗った。友人達との祝杯に参加しよう灯せずに、両親の待つ家にも帰ろうともせずに。空港へ向かう電車の窓から眺める街並みの光景は、いつもと変らぬ姿でそこにあった。  大学院への入学。卒業後の進路は決っていた。なのに何故、こんなことをしてしまったのか?ただの現実逃避だったのか?それとも、新しい出会いを求めていたからなのか?その答えを見い出そうと考えているうちに、私は何時しか眠りについていた。  私を眠りから目覚めさせたのは、小窓から差し込む眩しい朝の陽光だった。窓の外には、雲海が広がり、その地平線の彼方から昇る日の出は、煌く輝きの美しさだった。  成田を出発して十三時間。ブリュッセル空港に到着した。三月下旬のブリュッセルは、空気が冷たく肌を刺すような寒さだった。日本では桜が満開に咲き乱れ、散りゆく桜を惜しむかのように、花見客達がその花弁を愛でながら酒を酌み交わして賑わっているのであろう。  ブリュッセルは、ベルギーの首都であり、ポアロの故郷だ。子供の頃、アガサ・クリスティーの探偵小説を貪るように読み漁った。その小説の主人公であるポアロは、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズに比肩する名探偵。一人旅をしたいと思ったその時に、ふと脳裏に浮んだのはポアロであり、ベルギーだった。  二週間の旅の間に、私は生涯忘れることのできない素晴らしい出会いをした。私のその後の人生を豊かなものにしてくれたその人の名は……。
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