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冷たい手、温かい心
手が冷たい人は、心が温かいんだって聞いた。
なら、僕は心が冷たいんだろう。だって、僕はいつだって体温が高いから。
「ミズキ、手、貸して!」
「ん」
十一月の通学路、いつものようにコウが僕の手を握ってきた。コウは背が高いから、それに比例して手のひらも大きい。なので、ぎゅっと僕の右手はコウの左手に包まれてしまう。
コウの手はとても冷たい。だから、コウはとても優しい。学年でも人気者で、いつだってコウの周りは太陽に照らされているみたいにぽかぽかしている。それに対して僕は……昔からよく冷めているね、って言われる。感情を表に出すのが苦手だから仕方ない。僕はコウみたいに明るく、誰とでも仲良く、なんて無理だ。
こんなにも性格が正反対なのに、コウとは何故か気が合って上手くやっている。コウからしたら、僕なんて数多い友人のひとりにすぎないだろうが、僕にとってコウは高校に入学して初めて出来た友達だから大切にしたいと思う。
「ミズキの手はカイロになるよな! めちゃ温かい」
「コウの手は冷たい。氷みたい」
「へへ。温めて温めて」
手を繋いだまま学校への道を進む。男子高校生がこんなにくっついて歩いているのって変だろうか。コウはどう思っているんだろう。特に何も思っていないのかな……意識してしまうのは、僕だけなのかな。初めて手を握られた昨年の冬から、僕はコウのことが気になって仕方がない。
コウに触れられると、僕の体温は二、三度上がってしまう。変な汗が出て、冬なのにぽかぽかしてしまう。顔もきっと赤くなっているだろう。僕はその頬を隠すために、マフラーの中に顔を埋めた。
「あと一か月でクリスマスだなー。何か予定ある?」
「無い。寝て過ごす」
「駄目だなあ。そんなんじゃ、サンタさん来ないぞ?」
「良いよ、来なくて」
クリスマスか。
良いな。コウと過ごしたいな。
一緒にケーキが食べたいな、と思った。コウが好きな苺がいっぱい乗ってるやつ。僕は甘いのがそんなに得意じゃないから一切れで良い。残りはコウに食べてもらおう。砂糖菓子のサンタクロースもコウにあげる。きっとコウは嬉しそうに甘い砂糖の塊を頬張るんだ。
けど、きっとコウは誰かと過ごすんだ。
この前、隣のクラスの女の子に告白されたって噂で聞いた。スカートが短くって、色の白い子。そんな可愛い子に告白されたら、コウはオーケーしたに違いない。僕は思い切って訊いた。
「コウはさ、クリスマス忙しいんじゃないの?」
「えっ? なんで?」
「告られたんでしょ? 僕、知ってるよ」
「……マジか」
コウが立ち止まったので、僕も足を止める。繋いだままの手が、ぶらりと宙を浮いている。コウはしばらく地面を黙って見つめていた。何を考えているのだろう。分からない。僕はコウが動くのをじっと待った。
どれくらい経っただろう。「あー……」と空いている手で頭を掻きながら、コウが歩き出した。手を引かれて僕もそれに続く。
「……告られたけど、断った」
「えっ? もったいない。なんで?」
「だって、他に好きな奴居るから……」
「そ、そうなの?」
驚いた。
普段、コウとはいわゆる「恋バナ」というやつをしないから知らなかった。コウに好きな人が居るだなんて……。
ちょっとショックを受けながらも、僕はそれを隠すためにコウをからかった。
「コウにも春が来たんだ。恋多き男だね」
「ば、馬鹿……俺はこう見えて一途なんだぞ! そんなに恋多いわけじゃない!」
「片思い歴は?」
「い、一年くらい……」
「へえ……」
さっさと告白すれば良いのに。幸せになれば良いのに。
コウに好きだって言われて、嫌な気持ちになる女子は居ないだろう。早く告って、僕と手を繋ぐのを止めたら良い。その大きな冷たい手のひらを温めるのは僕の役割じゃないんだ。だから……。
ぐるぐると考えを巡らせる僕をよそに、コウは前を向いたままゆっくりと口を開いた。
「そいつ……俺の好きなやつなんだけど、鈍いんだよね」
「……そうなんだ」
「どれだけ俺がアピールしても、何も思ってないみたい」
「ふうん」
「俺……俺はさ!」
またコウが立ち止まる。急に大きな声を出すものだから、僕は驚いて肩を震わせた。
「コウ……?」
「俺は、好きでもないやつと、手を繋いだりしないから!」
「……うん?」
「だから、つまりさ……」
「つまり?」
「……鈍感!」
繋いだ方の手を思いっきり引っ張られて、気付けば僕はコウの腕の中に居た。
意味が分からない。
何が起こっているのか、分からない。
混乱する僕をほったらかしにしたまま、コウの抱擁は深くなっていった。苦しくて、僕は声を上げる。
「コウ!」
「ミズキの馬鹿。鈍感」
「待ってよ! ちゃんと説明……」
「だから、俺はミズキのことが好きだって言ってんの!」
え……ええっ!?
嘘でしょ……。
つまり、両想いだったってこと!?
「……ありがとう」
僕はそう言うだけで精一杯だった。嬉しい。コウに想われていたなんて、嬉しい。夢みたいだ……。
僕の言葉を聞いてから、コウはゆっくりと抱擁を解いた。
「……そのありがとうは、どういう意味?」
「意味って?」
「つまり、その……オーケーしてくれるの? 俺の気持ちにさ……」
コウが僕の顔色を窺っている。
いつも自信満々なコウが珍しい……。
僕はちょっとだけ意地悪したくなってしまった。
「うーん……」
「ミズキ……」
「……ふふ」
「ミズキ?」
「僕も、好きかな?」
「……マジ?」
「マジ」
コウの表情が綻ぶ。そしてまた、抱きしめられた。
「コウ、苦しい」
「だってさ、幸せを噛み締めたいから」
「遅刻しちゃうよ」
「今日くらい良いじゃん」
「駄目だよ。良いの? クリスマスが補講になっても」
「それは……困るな」
名残惜しそうにコウは僕を解放した。そして、僕の手を取って歩き出す。
「あのさ、クリスマス、一緒に過ごせるよな?」
「そうだね」
「ミズキ、ちゃんと嬉しいって思ってる?」
「思ってるよ?」
「……相変わらずクールだよな」
そう、僕は感情が顔に出にくいんだ。
本当はね、コウ。舞い上がりそうなくらい嬉しいよ。手を繋いでくることがアピールだったなんて気が付かなかったけど。
「……ありがとう、コウ」
コウの手は冷たい。ひんやりしていて、雪みたいだ。
そんな大きな手のひらを温めるのは、これからも僕の役目でありますように。
いつかコウに、僕もずっと好きだったよって伝えよう。でも、それはもうちょっと先で良い。もうちょっとだけ……一生懸命なコウを見ていたいから。
そんなことを思ってしまう僕の心は、やっぱり冷たいのかな。
温かいコウと、冷たい僕。この関係がバランス良く続いていけば良いな。
繋いだ手が解けないように、僕はコウの手をぎゅっと握った。僕は自分の体温がまた少し上がるのを感じながら、少しだけコウに寄り添う。
恋人として過ごすクリスマスは、とても楽しくなる。そんな予感が僕の胸を駆け巡った――。
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