群衆論理

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 群衆は嫌いだ。  正確に言うなら、群衆がもつ力が嫌いだ。  例えば、今僕が人混みを通り抜けるとする。  例えば、今僕が人混みから出てこなかったとする。  しかし、群衆の中にいるほとんどの者はそのことを知らない。  そして、僕の存在はその時をもって完全に抹消される。  つまり、一つの群衆が一人の人間を消したのだ。  これは大げさでもなければ尾ひれがついているのでもない。  実際、一人の人間が群衆の中に入ったとき、群衆は群衆以外の何物でもない。  外から見れば、人間が一人増えたところで群衆は群衆であり、群衆の中に取り込まれた人間は群衆の一部となる。  そこには群衆に入る前までの人間はおらず、ただ群衆があるだけである。  だから、僕は群衆が嫌いだ。  群衆のもつ力――僕はその力を力とは認めたくないのだが――は、人間を群衆に変える。  人間は群衆によって人間ではなくなる。  ところで、群衆に入った者がそこから出てきたとする。  群衆によって消えた人間が、群衆の中から出てきたように見える。  群衆から出てきた人間……、それは本当に群衆に入った人間なのか?
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