序章 立ち上がる六絃琴師

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「苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい…」 おびただしい量の「苦しい」。もう1枚の内容はA4の紙一面にとてつもない量の「苦しい」という言葉が敷き詰められていた。この「苦しい」を「楽しい」に変える。中学のころから続けていたギターにそういう意味が出来たのはあの死からだ。中学生の時はギターを続けていても目標はなかった。中学校には音楽系の部活は吹奏楽部しかなくて、そこに入りながらも高校では絶対に軽音楽部に入りたいとギターを練習し続けてきたくらいで、誰かに聞かせるとか何かを表現したいという大それた目標はなかった。 「渋澤(しぶさわ)先輩。またその紙を見てるんですね、俺たちの前のバンドの本番が始まりました。準備、大丈夫ですか?」 舞台袖から体育館の2階にいる俺に向けて後輩の友貴也が向かってきてくれて呼びかけてくれた。その声でハッとして腕時計を見ると15時45分を指していた。予定からして5分巻きくらいか。 「あぁ、有難う友貴也(ゆきや)。でも、見たらわかる。」 そう言いながら、苦しいと紙一面に書かれた紙を折りたたんで胸ポケットに入れて、後輩を見上げた。友貴也も白髪の前髪を掻き上げてはぁっとひと息をついて、先に舞台袖で待ってます。と言って体育館1階のステージの舞台袖への階段を降りて行った。 「お前もお前で苦しいことがあって、才能を捨てたくなった。それを俺が無理やりにでも引き留めたんだ。俺が頑張らなきゃな。」 友貴也の背中を見送りながら、俺はボソッとそう呟いた。佳人薄命。天才ほどその才能を捨てたがるっていう意味で俺は使っている。俺の元カノ、玲奈のように自ら命を絶っていくもの、友貴也のように深い傷を負ってその道を諦めかけたやつ、それに才能があることを気づかないまま辞めていった奴。この3パターンがメインだと思っている。玲奈も友貴也も、あのクソみたいな顧問のせいでボロボロになってしまった。玲奈…お前が今ここにいるなら、同じ状況の友貴也にどういう声をかけている? 「ごめんなさいね、玲奈じゃなくて、私で。」 「玲華(れいか)さん!?い、いったいいつからそこに!?」 また綺麗な黒髪ロングの美人さんが足音1つも耳に入れさせずに近づいてきた。 「私は、友貴也と入れ替わりで傍に居たわよ?それより、『玲奈…お前が今ここにいるなら、同じ状況の友貴也になんて声をかける?』なんて、また玲奈のこと考えてたの?」 どうやら、さっきの思考が全部口に出ていたらしい。そして、出来るだけ平然を装って 「あぁ。玲奈は俺にとって背負った十字架みたいなもんだからな。玲奈みたいに苦しいって思った人の心を楽しいって思わせる演奏をする。そして、玲奈みたいに自分の好きなことを諦める人を増やさないために俺は頑張っている。友貴也にこの文化祭のボーカルの助っ人を頼んだのもそういうことだ。」 と答えた。大嶋(おおしま) 友貴也。俺が今まで会ってきた人たちの中で一番音楽の才能に恵まれていて、一番音楽に真摯に向き合っていて、一番輝かしい経歴を積んできた元天才。それだけに、今はゲームばかりしているただのゲーマーになってしまっているのが俺にとってはとても歯がゆい。だから今回の件でバンドメンバーに相談を受けた際も 「安心しろ。一人だけ、当てがある。」 そう言って友貴也のところに助っ人の依頼をした。初めは即答で 「嫌です。絶対に無理です。」 と言って拒否をされた。それを無理くりに説得して今からステージに立って4曲も歌ってもらう。こいつの才能をこの輝木学園の軽音楽部内に、そして来てくれているこの輝木学園の生徒の皆やOB,OGなどの関係者に示すには4曲もあれば十分すぎる。今から、そのことを証明してやる。 「ねぇ、聞いてる?渋澤君。」 「あぁ。ごめんなさい、玲華さん。また一人で考え事をしてました。」 「まったく、自分に閉じこもって努力するのも大事だけど、人の話もしっかり聞きなさいよ?まぁ、本番前だから意味ないか。」 本番前、自分の腕時計をもう1度確認すると、腕時計は予定上本番の10分前、16時丁度を指していた。 「本番前だからな、舞台袖にそろそろ行ってくるわ。玲華さんはどこから見るの?」 「私は、この2階から見させてもらうわ。」 「友貴也の歌声。期待してろよ?」 「あら、そこは『俺のギターに期待してろよ?』位言ってくれないのかしら。」 いたずらに玲華さんはそう言って笑った。普段口下手でクールなアイツにしてはこういう冗談も言ってくれるんだな。 「まぁ、今日は友貴也にとって人生を変えるくらい衝撃的な日にさせる。今日の主役は俺じゃなくて友貴也だ。今日の俺はその衝撃的な日を演出する演出家だ。ギターでね。」 「ふふっ、そういうことなのね。じゃあ、頑張ってきてね。」 「友貴也の歌声にビビるんじゃねーぞ?」 「あなたがそこまで言うのなら、期待してみましょう。」 そういって俺は体育館の2階から舞台袖に向かった。
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