2話 話しても減るものじゃない

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「部長は、トロンボーン、大嶋。副部長はサックスの浮田と、パーカッションの山上。以上3名を新3役とする。」 顧問の先生からそう告げられた。俺と、ことみと、涼香さん、それぞれが同時に立ち上がり、皆に向かって礼をした。 「新部長に任命されました、大嶋です。自分は全体のことを見るのがあまり得意な方ではないと思っています。なので、この話をいただいた時には、別の人を推薦したのですが、最終的に自分の成長につながる機会だと思い、部長をしようと思いました。なので、こんな周りのことが見えない部長を、皆さんで支えていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。」 そう挨拶を終えて、一礼をした。挨拶でも言った通り、俺は周りを見るより、自分に閉じこもって自分の実力を上げる方が楽しかった。第一、ピアノを小学校6年間続けてきて、部長になった今でも続けているのは心のどこかで「ピアノは個人技」と思ってきて、自分の身体が成長するにつれて、手も大きくなって自分の表現したい音がどんどん弾けるようになってきたからだ。そして、音楽の見識を深めるために入っただけの吹奏楽部で部長をするまでの熱意はなかった。その面では、俺より圧倒的にチューバを担当している武田さんの方がすぐれている。あの人ほどこの吹奏楽部に全てを賭けている人はいないし、全てを賭けているからこそ、一番顧問の先生にも噛みついてきた。だから、武田さんこそふさわしいと思った。だが、そのことを話した時の顧問の先生の言葉は今でも忘れられない。 「あの実力もない生意気な小娘が部長になって権力を持ってみろ。私と部長で摩擦が生じて誰も私の言うことを聞かなくなるだろ?そうなるなら、実力のある君が部員たちに演奏で納得させて部員を引っ張るべきであり、才能はそのためにある。」 こいつ…クズだ。そうとしか思わなかった。何が才能だ。顧問が自分の保身のためにそれっぽいこと言ってんじゃねーぞ。 「それに、書類にそう書いて申請してしまった以上、君や新副部長2名には拒否権が無いのだよ。分かるかい?」 おまけに、こっちに拒否権は無いってのかよ。クソが。そう思って、部長の話を半強制的に受けさせられた日の帰り道で、ことみにこのことを話すと 「私は、ゆーくんを一番側で支えられるから武田さんよりゆーくんが部長の方がいいやっ!」 と答えてきた。さてはこの顧問。ことみには既に根回し済みで、無理矢理拒否したらことみに交渉させるつもりだったのか。なんていう畜生だ。  そんなムシャクシャした思いで部長を続けて3ヶ月ほど経ったアンサンブルコンテスト直前の寒い冬の日、金管パートでボイコットが起きた。部活には来ても、練習をしなくなった。首謀者はチューバの武田さん。やっぱりか。そう思いながら、顧問の指示で武田さんと1対1の話し合いをすることになった。低音パートがいつも使っている2-3の教室で机を挟んで、正面に武田さんが座っている。 「武田さん。正直に言うよ。俺が部長の件を貰った時に推薦した『別の人』ってのは、武田さんのことなんだ。」 「ふんっ。何よ今更。あの顧問にそう言えば機嫌が直るからテキトーに言っとけ。とでも言われたのかしら?」 明らかに武田さんは顧問を嫌っていた。 「ここでどうしてそんな嘘をつかなきゃいけないんだよ。それに、武田さん。こうやって俺たち金管パートでいがみ合ってしまったら、それこそアイツの思惑通りなんだよ。アイツは、自分の周りにイエスマンしか置きたくないんだ。そして、俺は部長の話を貰った時に武田さんを推薦したのに書類をすでに申請されていて俺が部長にさせられた。その段階で多分俺もアイツの敵だ。そうなれば、表面上は親顧問派として振る舞っている俺と完全に反顧問派の武田さんを対立させることで、金管パート全体を機能させないでいようと考えているんだ。」 「その証拠は?」 突き刺すような鋭い声で武田さんはそう返してきた。 「アンサンブルコンテストの予選会で俺たちトロンボーンパートとトランペットパートの4重奏が、チューバの武田さん率いる中低音の8重奏の次に悪い順位だったことだ。クラリネットの6重奏も、サックスの4重奏も、リードミス連発でとても聞けるような演奏じゃなかった。パーカスのアンサンブルもマリンバとシロフォンで息が合わなくてあまりいい演奏じゃなかった。フルート4重奏がトップなのは納得できても、そこの3つよりノーミスの演奏をした俺たち2つの団体が下なのはあり得ない。なのに結果はフルート、サックス、パーカス、クラ、トランペットとトロンボーン、中低音の順番。これが何よりもの証拠だろ。俺も顧問が嫌い。武田さんも顧問が嫌い。なのにどうしてここで対立しなきゃいけないんだ。」 「なるほどね…。あなたも分かってるじゃない。」 すこしだけ、武田さんがほほ笑んだ気がした。 「俺は…ただ楽しくみんなと音楽がしたい。なのに!アイツのせいで何も楽しくないじゃないか!」 気づけば、何かが頬を伝っていく感触があった。 「楽しく演奏がしたい!アイツから小言を言われなかったらどれだけ楽しい合奏になるか!お願いだ!アイツから小言を言われないためには武田さんたちの力がどうやったって必要なんだ!頼む!」 声も、普段の声とはまるで違う、咽び泣くような声になっていた。それでも、正面の武田さんに対して深く礼をしていた。 「分かった!分かったからそこまで泣かないで…!ね?」 武田さんも慌ててしまったのか、俺に対してハンカチを差し出してきた。 「あぁ…ごめん…ごめんね…貴方も苦労があったのに…」 そう言って、武田さんは俺にもう2度とボイコットはしないと約束してくれた。俺はその言葉を信じて疑わなかった。なのに、その翌日 「あの男がいきなり泣きついてきて、あれだけ顧問の言いなりになっていたのにさもずっと前から『俺も顧問が大っ嫌いでした。』なんて、白々しいにもほどがあるわよ。とりあえず、私も勢いで分かったと言ってしまったから、練習には皆復帰してもらうけど、部長は完全に顧問の手下。となれば、親顧問派の部長から潰しましょう。」 「「「「「「はいっ!!」」」」」」 聞く気はなかったが、聞こえてしまった。どうしてだ…。武田さん。どうして貴方がそんなことを…。  それ以降、俺の楽譜はファイルごとビリビリに引き裂かれ、顧問の先生が居ないところでの明らかな悪口、無視、ひどいときには暴力行為。なんでこんなことになったのか、分からなかった。そのことを副部長二人に相談しても 「ゆーくんがそんなに辛い思いをしてるなんて…ごめんね。」 「私もごめん。でも、私のところも私のところだけで手いっぱいなんだ。何もしてやれなくてごめんな。」 と、言葉だけの謝罪をもらっても、被害が小さくなることはなかったのでダメ元で顧問に相談した。 「やはりあの生意気な小娘を部長にしなくて正解だった!!私の先見の明を褒め称えてほしいものだよ!!部全体の崩壊を金管パート内だけに抑えることが出来た!!これでこそ私だ!!はっはっはっはっは!!はーっはっはっは!君には、そのための犠牲になってもらって私のために死んでもらおう!!」 もはや、部活内で何をするにもアホらしくなってしまった。毎日部活に来て1日の流れを言っては個人練をして、パート練をして、特に演奏で気になったことがあったら言う。でも、それも無視される。そして合奏になったら、金管パートの演奏に重箱の隅をつつくような指摘を顧問にされて、『新顧問派がっ!また今日もあなた個人には何も指摘がなかった!』とパート全体で指摘されたことを棚に上げて武田さんたちからフルボッコにされる。そんな生活をしているうちに、何もしたくなくなって、使い古された雑巾のようにボロボロになった俺は、交差点に飛び出そうとしていた。 「ダメっ!」 そのときに、飛び出そうとした俺の手を引いてくれたのが、浮田だった。 「まだ…死んだらダメだよ。私との約束を果たしてよ…。」 泣きながらそう言った浮田の姿をいまだに覚えている。そして、その日から俺は「女はエゴで生きている」と考えるようになってしまった。エゴに巻き込まれて身を滅ぼさないようにするために、エゴの源から離れる。当然のことだ。今でもそう思っている。
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