夏光

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 貴女がそこに立っていた。真白な着物を纏った貴女は夏の暑さと無縁の涼しげな微笑みを浮かべ、その後ろからはもう少し年かさの女が涼傘を貴女にさしかけていた。白い着物の袂がひらりと風に揺れて夏光を跳ね返し、黒髪がきらめく。  貴女をぼんやりと見つめる兄に、貴女は腰をかがめて兄の瞳を覗き込みながら、柔らかな声でもう一度囁いた。 「一番美しい氷をいただける?」  兄はあわてて母屋へとかけもどる。  わたしは兄からもらった氷をしっかりと握りしめる。痛いくらいの冷たさが手のひらを刺す。貴女もお付きの女性もちらりともわたしをみず、薄い微笑みを浮かべながら兄が走っていった方向を眺めていた。  息を切らして兄が戻る。  ものも言わずに、肩で息をしながら頷いて、貴女の前でそっと手をひらく。真白な氷のかけらがあらわれる。貴女は白い指でそっと持ち上げると、空の色を映すように頭上に掲げた。透明な光が貴女の頬を照らし、あふれた光がわたしの目の前の地面にこぼれ落ちる。  貴女はゆっくりと氷から目を離し、期待に満ちた表情で貴女を見上げる兄をふりかえる。眉は悲しげな影を浮かべ、細い首をゆっくりと左右に振る。 「これは一番美しいものではないわ」  たしなめるようなその声に、兄は少しだけ泣きそうな顔をしたけれど、すぐにまた母屋にかけもどる。貴女はその姿を身じろぎもせずに冷ややかに見つめている。
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