夏光

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 兄がすまなそうな表情を浮かべ一歩わたしに近づく。  それはいけない。  わたしはあわてて手を後ろに回す。キュッと強く握った手の中で、氷がどんどんと縮んでいく。 「どうしても?」  兄の悲しそうな声が庭に響いたが、わたしは強く目を閉じてぶんぶんと首を振った。 「それでは仕方がない」  貴女の囁くような声が笑い声とともに聞こえ、目を開ける。白い袂を揺らしながら、貴女が兄の手を掴むところだった。兄は貴女のことしか見えないように、大きく貴女を見上げ、その拍子に兄のかぶっていた麦わら帽子が風に飛んだ。  帽子!  兄のためにその帽子を拾おうとわたしが走り出した時、もう一度強い風が庭に吹き抜けた。全てを巻き上げ奪い去るような風に思わず目を閉じる。目を開けた時、小さな庭にわたしは一人で立っていた。兄も、貴女も、貴女の付き人も、兄の麦わら帽子すら消えていた。あとに残っていたのは点々と地面に落ちている水染みと、わたしの手の中に残るひんやりとした冷たさだけだった。
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