<第一話・命令>

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<第一話・命令>

 さて、今日のお呼び出しはなんだろうか。惑星イクス・ガイアの魔導科学研究所所属の男――アンディ・ゴメルは苦笑しつつ目の前のドアを見つめる。  魔法と科学が共存するこの惑星から、戦争と呼ばれるものがなくなって早五百年が経過した昨今。かつて政府を軍が牛耳っていた名残で、今でもこの惑星では“公務員=軍人”という謎の等式が成り立っている。アンディは研究者だったが、他の所員達同様軍の階級が名ばかりでついてはいるのだった。有事の折は、政府の人間こそ盾となって民間人を守るように、という多分そんな意識を高めるためのお題目であると思われる。  ゆえにアンディも一応、最低限の実技テストもクリアして公務員に――引いては軍に入ったわけではあったが。元々安定した収入が欲しかっただけであるために、勤務態度は入隊してから三年間、お世辞にも真面目とは呼べないものであったのだった。そう、自分でも自覚はしているのである。ちゃらんぽらんに底辺の大学を卒業して、そのままそこそこの給料で食いたいからと入った研究室。情熱も何も、あったものではない。ましてや入隊してから――他に目移りしてならないものが出来てしまったとあっては尚更である。 ――そろそろ俺、クビになんのかねえ。  くちゃくちゃとガムを噛みながらアンディはドアの向こうにいるであろう人物を思う。  呼び出される心当たりなどいくらでもあったが、このタイミングであるならば高い確率で“アレ”であろう。きっとアンディが、ロックハートラボの所長にしつこく言い寄って、あまつさえ強引に手を出そうとしたことがバレたのである。  自分達の種族は男女問わず下半身の構造が共通しており、大昔の人類がやっていたような非効率的な性的交渉など成さなくても子供を作ることができるように進化している(むしろ、男性器を持つ男性というものがいなくなったので、通常の性的交渉が不可能なのも間違いないのだが)。性欲の代わりに自分達が手に入れたものは、とにかく優秀な人材をパートナーに選んで子孫を残したいという強い繁殖欲求だった。  ガイアの民は、恋愛感情が希薄なことが多いとされている。ゆえに、親しい人間が優秀であるならば、それが友人だろうと同僚であろうと普通にパートナーを申し込むことがざらにあるのが当たり前だった。そして、優秀な方の人間がより強く遺伝子情報を残せる母親役になるのが普通。子供が母親側の苗字を名乗るのも常識として定着している。  今回アンディが口説いた相手も、恋愛感情ゆえのことではなかった。確かに彼女は非常に美しい女性であったが、それよりもその頭の中身が重要であったのである。彼女に己の子供を産んで欲しいと思う者は、男女問わず引く手数多といる筈だった――普通に手をこまねいていては、とてもアンディの番など回ってこないのが明白であるほどに。
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