AIの子

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AIの子

埼玉県南部にあるT遊園地。そこは私と陸にとって初デートの場所で思い出深かった。結婚して5年半、夫婦二人して子どもは考えていないので、久しぶりに初デートをしたT遊園地にまた行こうという話になった。 平日の遊園地は待ち時間が少ないので穴場だった。動物も見放題、乗り物も待ち時間がほとんどない。乗り物券が少し高い値段なので、観覧車と木製の枠組みが目立つジェットコースターに狙いを絞ってあとは動物園を丹念に見て回ることにした。結婚すると家計の支出を意識するので、少し節約気味のプランになる。 動物園は昔と違ってそばで動物を触れたり、色々な工夫がしてあった。T遊園地名物、世界でも珍しいホワイトタイガーの写真を撮っていると、私の膝の裏に何かがしがみついてきた。振り返ると白いブラウスに青いスカートを履いた女の子だった。 「大丈夫、ママはどこかな?」 おそらく迷子だろうと思って私が話しかけると陸も、 「このオバサンをママと間違えたのかな?」 オバサンって陸もオジサンでしょと思いつつ、体をよじって女の子の目線まで屈む。女の子は泣きもせず無言を貫いている。 「ママを一緒に探そうか?」 一生懸命ご機嫌を取ってみる。背丈からして5歳くらいだろうか。女の子と手をつなごうとそっと小さな手を取ると…。 冷たい、ひんやりとしている。心が暖かい人は手が冷たいなどというレベルではない。生きている人間の温度ではない。まさか、幽霊? 私が反射的に手を引っ込めると陸が、 「美幸、なんでそんな冷たいことするの?かわいそうだよ」 私をたしなめながら、女の子の手を代わりに取る。陸も異変を感じたのか、ビクッと体を震わせて手を引っ込める。 「幽霊じゃない、AI搭載型ロボット」 女の子は少し機械的な抑揚のない声で初めて言葉を発した。陸と私は顔を見合わせてキョトンとした間抜けな顔になった。 「これ、あれじゃない?人のリアクション見るテレビ番組」 私が言うと陸も、 「本物のゴリラの中にゴリラの着ぐるみ来た芸人さんが入ってたりする番組あったよね」 二人でテレビカメラや隠れていそうな撮影スタッフの姿を探している。すると、女の子は首筋の肌をパーツを切り取るように右手で無造作に剥がして、 「これ証拠、ママに捨てられた」 そう言うと首筋の中を私たちに見せた。金属のパーツに樹脂製の緑と赤のチューブが血管のように絡まっていた。 ママに捨てられた?AIって出産するの?私が大混乱している横で陸は顎に手を当てて考えてから、女の子に尋ねる。 「もしかしてママは研究者?」 女の子は察しの良い陸が気に入ったようで、大きくうなずく。 「そう、私を作ったのはママ。でも使えないから廃棄」 「ずいぶん難しい言葉も知っているね」 「学習能力がついてる、でも感情が上手く入らないから利益にならない。廃棄物処理場から脱走してきた」 「感情が入らないと利益にならない?」 私よりずっと頭の良い陸ですら状況が飲み込めないらしい。とりあえずどう見てもこの子は人間の子ではない。幽霊でもなさそうだ。私は少し遠くを歩く親子連れを見てあることを思いついた。 「もしよかったら一緒に遊園地で遊ばない?それとも感情が入らないから興味がない?」 女の子は少し考えてから、 「感情は入らないけど本能はある、たぶん。遊ぶのはきっと楽しい」 そう言うと私と陸の真ん中に来て両手を私と陸の手に伸ばした。陸もまんざらではないようで、 「じゃあ、オジサンとオバサンと遊ぼう」 即席の親子ごっこの始まりだった。私は女の子に、 「ねえ、名前はあるの?」 そう聞くと、 「アリス」 短くそう答えた。不思議の国のアリスみたい。私は、 「アリス、じゃあ怖いジェットコースターは止めてメリーゴーランドに乗ろう」 アリスは嬉しそうに笑ってくれた。陸も、 「そうだよな、アリスと一緒じゃジェットコースターの身長制限に引っ掛かるし」 余計なことを言うので、 「アリスが大きくなれば乗れるれのに、そういう意地悪言わないの」 そう言うとアリスは私たちの心を見透かしたように、 「メリーゴーランド、本当は大人二人だと恥ずかしい。アリスがいれば恥ずかしくない」 からかってくる。この子は感情が入らないと言っているけれど、人の感情は恐ろしいほどに読んでくる。もしかしてこの子が捨てられた本当の原因って…。私は背筋にひんやりとした汗が滲むのを感じた。 アリスと一緒にいると親子ごっこをしているようで楽しくて楽しくて仕方なかった。アイスクリームを食べれば手をベタベタにして、手を拭いてあげなきゃいけないし、目を離すとつまづいて転んで、靴を履かせてあげなきゃいけない。世話が焼けるけど、なんて楽しいんだろう。足りなかったキャンバスにすっぽりと収まる絵画の主題のようだ。 私の甲状腺の病気さえなければ……。アリスって人間の子にはなれないのかな?上手く誤魔化して人間の養子を取ったことに出来ないかな?アリスは私の心をまた読んできた。 「人間の子にはなれない、だからいつも捨てられる」 アリスは表情を変えずに淡々と話した。陸も私の考えをうっすらと察したようで、 「人間の子に無理してならなくても…アリスはAIの子でいいんだよ。オジサンとオバサンの家で一緒に暮らしてみない?」 陸はアリスと私を交互に見て真剣な顔つきで話す。 アリスは首を横に振る。 「何度か…そう言ってくれる人たちの家で暮らした。でも、AIの子がいるとその家の人が変な目で見られる。だから家から出してもらえなくなる。AIは人形じゃない。おままごとに付き合うのに疲れた。感情は上手く入らないけど本能はある。本能で逃げて遊んでくれる人がいるここに住むようになった。ここは寂しくない、本能で分かる」 陸と私は自分たちの考えの浅はかさを恥じて言葉を失った。 「ごめんね」 何を言ってもアリスを傷つけるような気がして、私は涙を堪えて謝ることしか出来なかった。陸も涙がこぼれないように空を見上げてから、 「アリスはここに住んでいる…か。もしまたここに来たら遊んでくれるかい?」 アリスの目線まで屈んで問いかけた。 「たまにならいいけど、依存したら人間の感情が壊れる。年に一回位ならいいよ」 アリスは私たちよりずっと理性的で大人なのかもしれない。私はアリスの頭を撫でて、 「また遊ぼうね」 そう言うと陸もアリスに微笑んで、 「今度はジェットコースター乗れるくらい背が高くなってるといいね」 アリスの頭の上の辺りに手を掲げた。アリスは、 「私、ずっとこの大きさ。ママの理想を詰め込んだ傑作になるはずだった。感情を入れられないことに絶望して、ママは私に成長プログラム入れないで捨てた。今は違う研究をして、産業で莫大な利益を生むAIロボットを作った。ここで働く人たちが休憩室で見てるテレビでトーヘル賞候補だと報道されてた」 トーヘル賞候補ってまさか…。女性のAIロボット研究者で有名なK大学教授の有坂静子先生のこと?陸は悪いことを言ってしまったと思い少し目を伏せた。しかしトーヘル賞候補になるような人だから、こんな最先端のAIロボットが作れたのかと妙に私も陸も納得している部分もあった。 私は、アリスの複雑過ぎる生い立ちに憐れみの感情を抱いていた。アリスに悟られまいと心を隠そうとすると、 「私は別にかわいそうじゃない。自由に遊べるからこのままでいい、本能があるから大丈夫。陸、美幸、悲しい顔しないで」 陸もアリスを不憫に思っていたようで、アリスにしっかり心を読まれていた。 私は、アリスの人の心を読める秘密を知りたいくてつい、 「アリスはどうして人の心を読めるの?」 「それはママが作り出した特殊プログラム。表情、視線、話す言葉、脳波、心拍数から人間の感情を予測出来る。そこまで出来るのに私に感情を持たせられない。ママは限界を感じ、研究者としてのプライドが傷ついた。こっそり遊園地の電気を盗んで私は生きてる」 だから有坂静子は産業用AIロボットに研究を切り替えた。私と陸はアリスと残り少ない時間を遊園地で過ごしていた。メリーゴーランドの後は大観覧車だった。丸いゴンドラにアリスと一緒に乗り込むと、関東平野が一望出来る。夕暮れが近づいて空が茜色に染まり出す中、観覧車は上へ上へと少しずつ登っていく。園内の通路を歩く人たちが小さなビーズのような大きさに見える。 アリスが突然立ち上がって観覧車の窓に、へばりついた。 「アリス、危ないから座りなよ」 陸が父親ぶった発言をしてもアリスは無視して窓の下を見つめている。 「目標確認…」 アリスが今までよりも少し大きく抑揚のある声を発したと思ったら、手の指がドライバーなどの工具に変化して器用に観覧車のゴンドラの扉をこじ開けた。あまりのことに呆気に取られていると、作業をしながらアリスは、 「大丈夫、ちゃんと扉は直して閉めておく。ママが甥っ子と伯母さんたちとあそこにいるから行ってくる」 人の顔が識別出来ないほど小さな人影を指差して、アリスは微笑んだ。本能的に嬉しいのだろう。 観覧車の外に出て、ブラウスの背中から天使のような羽が現れて、アリスは滑空しながら地上へと飛び去った。他の観覧車のゴンドラからも丸見えだったので、お互いに声は聞こえないものの、立ち上がったり、とっさにスマホで写真を撮る人が大勢いた。 滑空していったアリスはロボットというより、まるで無邪気な妖精のように見えた。 「ママに会えたらそりゃ空も飛ぶよな」 陸が寂しそうに私を見つめる。 「うん、アリスの全てを作った人だからね」 私たちはてっぺんを過ぎて地上へと高度を下げていく観覧車の中で遠くの景色を眺めて、やり過ごした。 地上に降りて駐車場に向かって歩いていくと、アリスが遊園地の退場ゲートの前で手を振って出迎えてくれた。 「アリス、わざわざ来てくれたの?」 ママといなくていいの?という言葉をとっさに飲み込んだけれどアリスにはバレバレだったようだ。陸も心配して、 「どうした?何かあったのか?」 アリスに問いかける。アリスは初めて目から大粒の涙をポロポロとこぼして、でも嬉しそうに笑っている。 「ママ泣いてた。私を成功させられなかった、悔しいって。それでね、もう一回私が研究所に行くことになったの。感情を入れるために。ママは今大切な研究をしてるけれど、アリスのことも忘れてなかったって。私に感情を入れるのには、時間がものすごくからもうここで遊べない。陸と美幸にさよならを言いたいから待っててってママに言ってきたの」 アリスは感情が入らないと言ったけれど、今のアリスは少し感情があるように見える。とにもかくにもアリスはこの遊園地で一人で遊んでくれる人を探す必要はなくなった。 「アリス、ありがとう元気でね」 私が無理矢理笑顔を作ると、 「美幸と陸があのタイミングで観覧車に乗せてくれなかったら、ママも見つからなかったし、ママに話しかける気持ちもわかなかった、ありがとう」 陸はアリスに、 「アリス。俺たちは研究の素人だけど思うんだ。アリスは人と交流することで少しずつ感情が豊かになっていくんじゃないかな?ママの有坂先生に伝えて見てくれないかい?感情の元になるプログラムはアリスの中に既にあって、後は育てるだけかもしれないよ」 アリスは陸の言葉を噛みしめるように、 「感情は育てるもの…プログラムはもう中にある可能性。ママに伝えてみる」 そう言うとアリスは私たちに背を向けて噴水広場の方へ走っていった。 「行っちゃったね、アリス」 私が少し落ち込んでいると、陸は私の手を繋いで、 「いつかアリスのあのひんやりした手もさ、人間みたくぬくもりが出てくるだろう。いつかAIの子を人間が育てる日が来るかもしれないよ。子育てっていうより俺たちがおじいさんおばあさんになって、孫育てになりそうだけど」 陸は寂しい気持ちよりも、いつかAIの子を育てる楽しそうな未来の話をして私を励ましてくれた。 「感情や感受性を育てるって人間にしか出来ないのかもね」 私も遠い未来を思い浮かべながら遊園地を去った。
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