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「大丈夫だよ」
吐息まじりに、優作がそっとつぶやいた。
「警察がちゃんと犯人を見つけてくれる」
「はっ、どーだか」
吐き捨てるように圭が反論する。
「アテにできるかよ、警察なんて。あの事件ですらまだ解決できてねぇってのに」
「それは……そうだけど……」
圭の指摘に、優作はつらそうに口をつぐんだ。
優作だけじゃない。ここにいる俺たち全員が同じ思いだった。
美姫が突然俺たちの住む東松町から姿を消すことになった、三年前のあの事件。
犯人は未だ捕まらず、世間に溶け込んでのうのうと暮らしている。
あまりに時が経ち過ぎていて、警察による解決はもはや望み薄だろうと誰もが思っていた。どうして犯人を捕まえてくれなかったのかと、ぶつけようのない怒りを俺たちは今でも胸に抱え続けている。
――くそ。
つい、心の中で毒づいてしまう。
裏切られたような気持ちだった。
事件が解決すれば、美姫はまた俺たちの生まれ故郷に帰ってくるんじゃないか――根拠はないけれど、なんとなくそんな期待を寄せてしまっていたから。
信じていた警察による解決は為されなかった。かといって、自分たちでどうにかしようと動くこともできなくて。
ひどく宙ぶらりんな状態のまま、俺たちはただ漫然と三年の時を過ごしてきた。
現実から目を背け、互いの姿からも目を逸らして。
「……やっぱり、関係あるのかな」
冴香が、ただでさえ小さな声をさらに小さくして発言した。
「三年前の事件と、今回の……美姫ちゃんが殺された事件」
「当たり前でしょ!? どうやったら無関係だって思えるわけ!?」
「樹里! ……ったく、いちいちつっかかってんじゃねぇよ。みっともねぇな」
圭に睨まれ、「だって……」と樹里は目もとを拭いながら肩をすぼめる。
「僕も樹里の意見には賛成だな」
言葉を失った樹里に代わって、今度は優作が冴香の疑問に答え始めた。
「美姫を殺した犯人が捕まれば、三年前の事件も芋づる式に解決するような気がする」
おいおい、と圭は目を丸くする。
「それって、二つの事件の犯人が同じヤツかもしんねぇってことかよ?」 「そうは言ってないよ。ただ、三年前の事件とは無関係に美姫が殺された、なんていう偶然がそう簡単に起きるとはどうにも考えられないなと思っただけさ。たぶん警察も、二つの事件の関連を疑って捜査に当たっているだろうしね」
「チッ……美姫の事件を身内の仇討ちに利用しようってか?」
「やめてよみんな!」
しばらく黙っていた碧衣が、涙声を張り上げた。
「そんなの、今ここでする話じゃないよ!」
「碧衣の言うとおりだぞ」
同じことを考えていた俺も碧衣に加勢する。
「ここであーでもないこーでもないって話し合ったところで、俺たちみたいなただの高校生にはどうすることもできないんだ。三年前のこともあるし、真正面から信用することなんてできないかもしれないけど、警察がきちんと犯人を見つけ出して事件を解決してくれることを願うしかない。俺たちにできるのはそれだけだ」
そこまで言って、未だ焼香の列が途切れない会場内の祭壇に目を向ける。
「今はただ、美姫のことだけを考えていたい」
美姫の死を悼むために、俺たちはこの場所へと集まったのだから。
それから俺たちは、なんとなく互いに近況を報告し合いながら通夜の進行を見守っていた。「葬式なんて同窓会みたいなもんだ」っていつだったかうちのじーちゃんが言っていたけれど、まさか十七歳にしてじーちゃんの言葉の意味を理解することになろうとは夢にも思わなかった。あれこれ話をしているうちに、樹里も碧衣も落ち着きを取り戻してきたようだった。
「おい、あれ見ろよ」
不意に、圭が俺の肩を叩いてきた。視線の先には、見覚えのある顔が一つ。
「すげー金髪。今どき珍しいよな、あんな派手な頭」
声を押さえて耳もとでささやく圭の言葉には軽蔑の色がにじんでいる。
言葉遣いや気性は荒いし、勉強も苦手な圭だけど、曲がったことが大嫌いで何事にも熱い男だ。今目の前を通り過ぎていった金髪の高校生――俺と同じ制服を着たあいつのように、見た目から素行の悪さがにじみ出ている人間とは極力関わらないようにしているらしい。
「百瀬か」
無意識のうちにその名をつぶやいてしまい、圭がおもいきり眉をひそめる。
「おまえ、あいつと友達なのかよ?」
「いいや、全然。ただ、まったく知らない相手ってわけでもない」 「はぁ? どういう意味だよ、それ」
「彼氏だから」
「何?」
「彼氏」
「…………おまえの?」
「ばか、なんで俺なんだよ」
「じゃあ誰の……」
と言いかけた圭は、そのまま言葉をのみ込んだ。どうやら悟ったらしい圭に、俺は一つうなずいてやる。
「百瀬龍輝――美姫の彼氏だよ」
マジか、と焼香の列に並ぶ百瀬の姿に目を見開く圭。
わかる。俺も美姫本人から聞かされた時は同じ反応だったから。
「信じらんねぇ……あの美姫が、まさかあんなやつと……!」
その意見にも全面的に同意する。俺だって、まさか美姫があの百瀬と付き合っているなんて信じられなかったし、信じたくもないと思っていた。
百瀬の前で、美姫はどんな風に笑っていたのだろう。まるで想像できなかった。
「ねぇ、祥太朗……?」
俺と圭の後ろから、樹里がそっと声をかけてきた。
「ん?」
「マジなの? 今の話」
「え?」
「あの金髪の子……本当に美姫の彼氏なの?」
樹里は幽霊でも見たような表情を浮かべている。なぜだろう。理由がまるでわからない。
「あぁ、本当だよ。美姫から直接聞かされたから」
「嘘でしょ」
ちょっと待ってよ、となぜか樹里は取り乱し始めた。
「なんだよ樹里、変な顔して。美姫に彼氏がいちゃまずいのかよ?」
「そうじゃなくて!」
圭が問いただすと、樹里は怖い顔をして首を横に振った。
「待って待って……マジで意味わかんない」
「だから何が意味わかんねぇんだっつーんだよ!?」
「あたしの知ってる人と違うんだもん!」
は? と俺と圭が同時に顔をしかめた。
「違うって何が」
「美姫の彼氏!」
俺の問いに、樹里は興奮気味で言う。
「あり得ない……だって美姫は、うちの高校の一年生の子と付き合ってて……!」
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