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小学校に入学した時、校門の前の横断歩道に、私と同じ小学一年生くらいの男の子の交通安全人形が立っていた。横断歩道を渡る時に持つ黄色い旗を入れる筒も、隣にあった。
先生は、言った。
「この横断歩道を渡る時は、必ずこの黄色い旗を持って、遠くから走ってくる車にも見えるように手を高く上げて旗を見せながら、左見て、右見て、すばやく渡りましょう。ここにいる『ワタルくん』は、みなさんが、ちゃんと旗を持って渡っているかどうか、いつも見ています。」
私は一目でワタルくんが好きになった。初恋だった。自分が女の子でワタルくんが男の子で本当に良かったと思った。
私は毎朝、ワタルくんが私を見ているかどうか気になった。旗を持たないで渡ったら、ワタルくんは何か言うだろうかと、わざと旗を持たずに渡ったりした。ワタルくんは黙って立っているだけだった。
「ワタルくん。ちゃんと私を見てるの?」
私はよく、彼に話しかけた。
小学3年くらいになった時、私はワタルくんの顔が、ちょっと変わったような気がした。私と同じ小学3年くらいの顔になったような気がした。母に、その話をすると
「きっと、何年も雨ざらしになってるから色が薄くなって、そんな感じがするんじゃないの?」
と、つまらない返事をした。その返事が、あまりに残念過ぎて、それ以来、私は毎日のようにワタルくんを観察し、いろいろ話しかけた。
「ねえ。本当は生きているんでしょう?返事はできなくても生きてるんだってこと、私はわかってる。」
「昨日の雨、ひどかったね。ワタルくん、泥だらけじゃん。」
ワタルくんが汚れている時は、いつもタオルのハンカチできれいに拭いた。そのために大きめのタオルのハンカチを、いつもランドセルに入れていた。
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