2人が本棚に入れています
本棚に追加
2.悪夢の始まり
───·····ジリジリジリ···
美「……あ"〜っつい!!」
瑠「ほんっと、今日は特に暑いね〜…」
今日も真夏の快晴。
教室の窓から濃い青色が広がる。
───ザワザワザワ…
瑠「にしても、今日も鈴谷君は人気者ですね
ぇ。まだ一言も話したことないけど」
美「…あぁそう、私は別に興味ない。
……ちょっとジュース買ってくる」
瑠「え、ちょっ…美恵!?」
瑠衣の話を遮るかのように、私は教室を出ていった。
極力あいつと同じ空間に居たくない。
(…ま、そもそもアイツは"あのこと"なんて覚えてないだろうけどね)
たまたま廊下にあった鏡。
それに映る私は、確かに美しいなんて言葉とは程遠い姿だ。
ほんとは分かってる。
ここまであの言葉に心が苦しくなるのは、本当の事だから。
ただ図星をつかれただけ。
(…逆恨みもいいとこなんだろうな。
あの時も、アイツにあぁ言われてもおかしくない体型だったし……)
中庭にある自動販売機。
日の光に照らされて表面が熱い。
美「………あ、財布忘れた……」
咄嗟に出た言葉だったとはいえ、ここに来るまで財布を持ってないことに気づかないなんて。
(……仕方ない、ちょっと大回りして教室に…)
───·····チャリンチャリンッ
振り返ろうとした時、後ろから伸ばされた手が販売機に小銭を入れた。
背後に人が居るなんて気づかなかった私は、ヒュッと無意識に息を飲んだ。
「……ジュース買うのに財布忘れるとか、相変わらず鈍くせぇんだな」
美「…………っ!」
振り返らなくても分かる。
この、嫌な声は……。
鈴「久しぶりだな、"デブ恵"ちゃん」
美「……まだ、そんなこと覚えてたんだ」
声が、震える。
またあの時を思い出してしまう。
鈴「相変わらずデブだなぁ、お前。
そんなんじゃ男子にモテないぜ?」
美「…アンタには関係ないでしょ」
鈴「見ない間に、随分と強気になったな」
高身長で整った顔立ち。
異性からモテる要素しかないコイツから言われると、やっぱり納得してしまう。
私がモテないなんて、そんなの分かってるのに…つい悔しくなる。
美「…戻るからどいて」
鈴「やだね」
美「…は?」
ぎらりと私を映す茶色い瞳。
見つめられるだけで、暑さとは違う嫌な汗が流れ落ちる。
鈴「………なぁ、お前さ」
美「…なに」
瑠「……あ!美恵ー!!」
美「……え、瑠衣!?」
鈴谷 昴が何か言いかけた瞬間、瑠衣の大きな声が中庭に響いた。
はぁっはぁっと息を切らした瑠衣が持っていたのは私の財布。
瑠「ジュース買うって言ってからなかなか戻
ってこないし、財布忘れてたから届け
に…ってあれ?鈴谷君?」
鈴「…じゃ、またな」
美「え、ちょっと…!」
何も言わず販売機にあいつは戻っていった。
瑠衣もその光景をキョトンとした顔で見る。
瑠「?鈴谷君どうしたの?」
美「……さぁ。
…それより、わざわざ持ってきてくれた
んだ財布 」
瑠「うん!財布無いと何も買えないでし
ょ?待つのも寂しかったし!」
ニコッと明るく笑う瑠衣は可愛い。
あいつが言っていたモテるモテないで言えば、瑠衣はモテるお手本だ。
瑠「……ってあれ?美恵お金持ってたの?」
美「お金?持ってないけど…」
瑠「でも、販売機にお金入ってるよ?」
美「え?………あっ、アイツ…!」
瑠「アイツ?もしかして鈴谷君のこと?」
(そういえばアイツ、お金入れてた!
なんで持っていかないんだよバカか!)
瑠「あらら〜、忘れてっちゃったか。
流石にお金だし、届けた方がいいよね」
美「は!?置いとけば取りに来るって!」
瑠「いやぁ、このまま置いてたら知らない誰
かに使われるのがオチだって」
美「…………っ」
(……まさか、私からアイツに関わることになるなんて……)
もうすぐ放課後、私の手にはあいつが忘れていった150円が。
別にこれぐらい…って思ったが、瑠衣があれだけ心配するのを蹴るのも…と考えた結果。
(……にしても、瑠衣のやつ………!)
───ホームルーム前
瑠『美恵、悪いんだけどさ…鈴谷君にお金返
すの1人で行ってもらえる?
放課後、用事があってすぐ帰らなきゃい
けないの!ごめんね!』
(………と、呆気なく裏切られた私……)
まぁ、これ渡すだけだし。
一言『忘れてたから』だけ言えばいいし。
美「……よし」
女子が離れていったのを確認して恐る恐る鈴谷 昴の机に近づく。
帰る支度をしているからか、私には気づいていない様子。
美「……あ、の」
鈴「ん?…………あ」
美「…こ、これ!忘れてたから!じゃ!」
鈴「え、ちょっ、おい!」
鈴谷 昴の声掛けを無視して教室を出る。
あれだけのことなのに、心臓がバクバクしてる。
落ち着け、落ち着け。
走って数分、体力もなく体も重い私はすっかり息が切れてバテていた。
とはいえ、あと少しで家に着く。
(とりあえず…ミッションはこなした…!
これでもう関わることは…!)
───·····ガシッ!
美「…へっ?」
鈴「…デブの割には素早いな、お前」
美「なっ……!?」
なんでここに。
そんな言葉も出てこない私に、コイツはハハッと大きく笑った。
鈴「すげー顔。そんな驚くことかよ」
美「な、何の用…!?」
掴まれた手首から鈴谷 昴の体温を感じる。
この手も、この姿も、中学生の頃とまるで違う。
すっかりコイツも男になったんだ。
鈴「そんな逃げることねぇじゃん。
べつに取って食う訳でもねぇのに」
美「に、逃げてなんか…っ!」
鈴「ふぅん……まぁいいや」
グイッと引っ張られ、よろめいた先には。
鈴「…ははっ、重量感たっぷりだな」
美「………っ!!?」
体が石のように固くなった気がした。
だって、何故か、私は。
鈴谷 昴の腕の中に居るのだから。
美「なっ、ななっ!?」
鈴「なんだよ、デブ恵ちゃんには刺激的だっ
たか?」
ニヤニヤと悪い顔をして笑う鈴谷 昴。
教室に居た時はいい顔しかしないくせに。
ほんとコイツ、タチが悪い。
美「は、離してよっ!!」
鈴「やーだね」
美「は!?何言ってっ」
鈴「離すには条件がある」
美「…は?条件?」
恐る恐る鈴谷 昴の顔を見ると思ったよりも近くて再び地面を見る。
必死に抵抗するが私じゃビクともしない。
鈴「条件をのめば離してやるよ」
美「………条件って、なによ」
フッと頭上で笑った声が聞こえた瞬間、私の顔は無理やり上を向かされて。
嫌でもコイツと目が合う。
無意識にヒッと声が出る。
鈴「…んな怖がることないだろ」
一瞬悲しそうな顔をしたような気がしたが、すぐに元通りの悪い顔に戻って。
鈴「条件は、俺と付き合うことだ」
美「………………は?」
最初のコメントを投稿しよう!