天空碧 — 冥婚

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 桃園空港から電車を乗り継ぎ、やっと辿り着いた語学学校の事務室。  職員から不慣れな中国語をまくし立てられ涙目になっていたわたしの目に飛び込んできた笑顔——それが、カイくんとの出会いだった。  その笑顔から目が離せない一方で、頭の片隅にいる冷静なわたしが、他人事のように感心する。  一目惚れって、本当にあるんだ。  もっとも、ほんの数分後には、あっけなく失恋と相成ったのだが。まあ、それはいいとして。 「きみが、日本人、だよね? 留学生?」 「えっ? はい……」  助かった。日本語だ。 「オレは、日本語が、できます。中国語、わかりますか?」 「あ、はい。少しわかります」 「そか。よかったです。オレは林旭海(リンシューハイ)、きみは名前なに?」 「りん? しゅーはぁい? わたしの名前は……」 「ぶっ! しゅーはぁい? 変な発音!」  しゅーはぁい、しゅーはぁいだって、と、繰り返しながら、わたしより頭ひとつ分長身の彼が、がっしりした体躯を折り曲げ、ひーひー笑う。  仕方がないじゃない。初心者なんだから。  あなたの日本語だって、大概おかしいでしょう?  あのときからわたしは、旭海を『カイくん』と呼んでいる。  いまはもう『(ハイ)』の発音は完璧だと自負しているけれど、悔しいから一度も旭海と呼んだことはなかった。
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