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 柊一はあの後家までやって来たけど、雨に打たれ過ぎて気分悪いって言って母さんに追い返してもらった。  電話もメッセージの通知も鳴り止まないから、スマホは電源を落としてる。  一つだけ見えた柊一からのメッセージには「電話出て」って書いてあった。  俺の事なんかそんなに追わなくてもいいのに。  「あ、そう。じゃあね」って言ってくれてよかったのに。  本当かどうか分からないけど、あんなにモテる柊一が実は、俺が初めての相手だって言ってた。  外でも家でも学校でも、抑えきれない欲望を持て余す俺達は十七歳。  この一年で数え切れないくらい体を重ねて、気持ちいい場所を探り合って、たくさん大人の真似事をしてきた。  たどたどしかった去年の今頃とは比べようがないくらい、柊一はキスがうまくなった。  俺はされるがままだから、あまり上達してないと思う。  それでも柊一は俺の舌を追ってくれた。  体全体で、若い愛を伝えようとしてくれた。  「好き」って、いっぱい言ってくれた。  柊一がくれる好意に夢中だったんだ、俺は。  いつの間にか、本当に周りが見えなくなってた。  告白を拒絶されたあの子の後ろ姿を見てしまってから、身震いが止まらない。  俺の存在のせいで誰かがたくさん涙を流している。  柊一もきっと、告白される度に小さな痛みを味わい続けてる。  ──怖くなった。  せめて俺が身を引けば、柊一の気持ちが軽くなるんじゃないかって思った。  俺が邪魔してたんだ。  柊一と、柊一に恋する女の子達みんなの。  翌日も朝から雨だった。  柊一の家に傘を忘れてしまってた俺は、ビニール傘で登校した。  下駄箱の前で俺を睨み付けてくる柊一を見付けてしまい、歩みが進まない。 「おはよ」 「…お、おはよ…」  声が不機嫌そうだ。 …当然か。  せっかく家まで来てくれたのに追い返して、電話もメッセージも無視し続けたんだから。 「傘忘れてただろ」 「あ…うん、ありがと。 それじゃ…」 「待てよ」 「…待たない」 「マジで意味分かんないんだけど。 いきなり過ぎるだろ。 俺が葵の気に触る事した?」  それなら謝るから…と柊一が俺の腕を取る。  なんで?  なんでそんなに優しいんだよ。  分かってるよ、いきなり過ぎた事くらい。  ちゃんと分かってるから、俺に格好良く身を引かせてよ。 「柊一は悪くない。 …俺が悪い」 「なんで葵が悪いんだよ。 話してよ。 何も説明してくれないのに別れるわけないじゃん」 「いや、…別れた。 もう俺に話し掛けないで」 「なっ…葵! 葵!」  柊一から掴まれていた腕を振りほどいて、各々の教室に向かう生徒達の間を走り抜けた。  追われてるのが分かっても、俺は立ち止まらなかった。  ただでさえ柊一は目立つんだから、俺を追い掛けてるとこなんか見付かったら変に思われるよ。  内緒の恋だったんだから。  それがまた俺達を燃え上がらせてはいたけど、──俺は身を引くって決めた。  ツラいのは、俺一人だけでいい。
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