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 ベッドから下りて着替え始めた俺は、言いたくないけど言わなきゃいけない一言を呟いた。  柊一が俺を目で追ってきてたのは分かってた。 「……え、……は?」 「……ごめん、…ごめんね。 俺なんにも知らなかったからさ…」  唐突な別れを告げられた柊一は驚いて目を丸くしている。  結び慣れたネクタイにモタつくフリをして、柊一の視線から逃げていた俺は顔を上げられなかった。  目が合ってしまったら、「やっぱ今のナシ」って言ってしまいそうになるからだ。 「いや、何言ってんの? 冗談だろ? てか制服脱げよ」 「冗談じゃないから…」 「葵とは別れないよ。 マジ意味分かんないんだけど。 そういう冗談はやめろ」  とうとう怒り始めた柊一が、眉を顰めて俺を凝視した。  いきなり過ぎたのは分かってる。  たった今愛し合ってた相手から別れ話を切り出されたら、誰だって驚くに決まってるよ。  でも言わなきゃいけなかった。 好きだからこそだ。  初めて柊一を見た時から目が離せなくて、入学してから数日でたちまちクラスの人気者となった飾らない人間性にも強く惹かれた。  教室の隅っこで、居るか居ないか分かんないような俺にも挨拶してくれて、優しく微笑んでもくれた。  友達を作れない暗い俺にも普通に接してくれる、柊一の優しさや明るさに毎日ときめいた。  それが恋愛感情かどうかなんて分からなかったけど、気付けば柊一を目で追ってた俺はきっと、早い段階で恋に落ちてたんだと思う。  今日柊一に告白してたあの子みたいに、俺も、ありったけの勇気をかき集めて柊一に告白したんだ。  それが、この季節だった。  しとしとと降り続く雨音で決死の告白がかき消されようとも構わないと、断られる事も、気味悪がられる事も、何もかも承知の上で。  それなのに、柊一は「いいよ」って言ってくれた。  告白した俺の方が面食らった。  気持ちを伝えられるだけで良かったから「好き」って言っただけなのに、柊一の返事は何故か「いいよ」だった。  その日から俺達は付き合い始めた。  憂鬱な空模様なんか気にならないくらい、俺の気持ちを受け入れてくれた柊一に今も夢中だ。  心が痛みを知った今日、柊一に盲目だった俺はハッと夢から覚めた気がした。  全裸で近付いてくる柊一から後退り、鞄を手に取る。 「だから冗談じゃないって。 …俺、帰る」 「はっ? 待てよ葵! 葵!」  玄関まで走って急いで革靴を履いていると、柊一の足音が追い掛けてきた。 「葵!」  振り向かない。  絶対、振り向かない。  今日で最後にするって決めたんだから。  歩道を走っていると、車から水しぶきを浴びて一瞬立ち止まる。 「冷た…」  雨が降ってるからちょうどいいや。  くしゃくしゃになった顔も隠れるし、泣いてるのも誤魔化せる。  とにかく俺は走った。  柊一が追い掛けて来られないように、普段通らない道をたくさん走った。  雲に覆われた夕方の空が真っ黒に染まっても、泣きながら自分をイジメた。  柊一を独り占めするのは、俺じゃない方がいい。  幾多の好意を拒絶し続ける柊一の面倒事が、一つでも減ればいい。  他の誰かに、柊一を独占するチャンスをあげた方がいい。  もともと俺には、柊一なんて手の届かない人だったんだ。  柊一の「好き」は、他の誰かに言ってあげて。  俺は今日まで、たくさんもらったから。  そう、充分過ぎるくらいもらった。  もう受け取れないよ。
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