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 ごはんが美味しくない。  何を食べても味がしないし、目に映るすべては色を失っていて瞳を開けていたくない。  嫌な事を聞いてしまった後に土日を挟んで、俺はベッドから起き上がれなかった。  起きてても、寝てても、柊一の事ばっかり考えてる自分が嫌になる。  決めた事なのに。  お邪魔虫だった俺が身を引けばいいって格好付けたはずなのに。    ── 柊一、今何してるんだろ。 噂の彼女と一緒に居るのかな…。  自分を叱咤しても、浮かんでくるのは柊一の笑顔だけ。  週末の昼間は撮影が入ってる事が多かったから、今もそうなのかもしれない。  なかなかデート出来なくてごめんな、って謝ってた柊一の申し訳なさそうな顔が脳裏に浮かぶ。  デート出来ない代わりに、日曜の夜は柊一の家に招かれて毎週のように泊まらせてもらって、彼の両親ともすっかり仲良くなった。  一人っ子な柊一は気ままだから面倒かけるかもしれない、とお母さんは苦笑いしてたけど、俺も一人っ子だって知って爆笑してたのを思い出す。  マイペースな俺達の関係、お母さんは薄々気付いてたんじゃないかなと思う。  …分からないけど、なんとなくそう感じた。  考え事が尽きなくなるから、日曜の今日も現実逃避に精を出そうと薄手の掛け布団を頭まで被った。  ほんのりとした温かさに数秒で夢の世界に行ってしまいかけたその時、枕元のスマホが着信を知らせて飛び起きた。  期待しちゃダメだって分かってるのに、最近静かだったせいで柊一かもって無意識に頬が緩む。 「……柊一の…お母さん?」  画面に表示された「柊一」の文字に一瞬ビクつく。  毎週のようにやって来る俺に、何か困った事があったら電話してねと登録された、柊一のお母さんからの着信だった。  柊一に何かあったのかと思って慌てて出てみる。 『あっ、出た、良かった~! 葵くん!』  電話の向こうのお母さんも慌てていた。  良かったぁ、と大袈裟に安堵する声色に心がザワザワする。 「こ、こんにちは。 柊一に何かあったんですか?」 『それがね、柊一ってば今日撮影で私服を三パターン持って行かなきゃいけないのに、二パターンしか持って行ってないらしいの! 届けてって言われたんだけどお母さん今から仕事でゆっくり出来ないから…葵くんに配達お願い出来ないかなって』 「え…あ……」 『もうすぐ着くから下りてきてもらえる?』 「えぇっ? 分かり、ました…」  ──断る隙がなかった。  お母さん、もうすぐ着くって事は車でこっちに来てるんだ。  物凄く気は進まないけど、俺も早く支度しなくちゃ…!  スマホをベッドに放って、大急ぎでパジャマから私服に着替えた。  届けるだけ。  柊一の姿を見に行くわけじゃなく、撮影に必要なものをただ配達するだけ。  玄関を出ると、タイミング良く柊一のお母さんの車が停車した。  本当にすぐ来た。  電話する前からここに向かってたんだ…俺と柊一の別れを知らないお母さんは。 「ごめんね、葵くん。 急に呼び出したりして。 よろしくね」 「いえ、大丈夫です。 あの人だかりのとこに柊一が居るんですね?」 「そう。 これで何か美味しいものでも食べて帰って」  柊一のお母さんは俺に五千円札を握らせると、大急ぎで仕事に向かって行った。  今日は街外れの大きな公園での撮影みたいだ。  俺は着替えの入った紙袋を抱いて、恐る恐る人だかりの方へ歩いて行く。  すると、隙間から柊一の姿がチラッとだけ確認できた。  まだ撮影前なのか大人達と談笑してる姿は、とても十七歳には見えない。  ゆっくり近付いて行くと、柊一の隣にやたらと密着する女の人が目に入る。  小柄で、華奢で、綺麗な人だ。  ──あの人が「ユキ」なのかな…。
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