本編

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本編

数年前に生み出された、人工植物、という存在がある。専門的なことは西山にもわからないが、科学的な何かをあれこれして草花を作り出せるらしい。要は、0から1を生み出す魔法のような力だと。発明された当初はずいぶんと囃し立てられていたものだ。生態系ピラミッドの一番下が人工的に生み出せるのならば、必然的にその上にいる生物たちも、それに支えられより強固な存在になっていく。人類の食糧難も幕を閉じ、これから世界は平和になる、なんてことも全くの夢物語ではないと笑う研究者をニュースで目にしたのだって、一度や二度ではない。彼のいったことが現実になる、とまではいかなくとも、少なくとも今の暮らしも少しはいいほうに変わるのだろうか、なんて西山も考えたりもしたのだ。しかし、現実はそう甘くはない。 「速報です。つい先程、人工植物が人体に与える影響についての会見がなされました。発明者である寺田敏一教授は……」 物事には二面性がある。コインに裏表があるように、ある人とっての長所がある人にとって短所になりえるように。メリットの裏には何かしらのデメリットが隠されているものである。今回のこれも、それの一つなのだ。ただ、気づくのが遅かっただけ、影響のある範囲が広かっただけの。まあ要するに、人体に悪影響があることが発見されたのである。野菜というもののほとんどが人工植物で生産されている世界で。しかも、野菜だけではない。牛や豚なんかの餌ももちろん人工なのだから、それらを口にしていない人類が果たして何人いるのか。指折り数えるほどしかないのは自明の理である。ではその限られた人間ではない者はどうするのか。誰もがパンデミックもののお話で目にしたことがあるのではないだろうか。そう、荒んでゆくのだ。壁や地面に描かれた落書き、窓を開けば怒号や子供の泣き声。殺人程度ではもうニュースにならなくなった。そんな、おおよそ現代日本とは思えない惨状の中で生き抜くためには。 ……ただ、静かに息を潜めて、じっと死期を待つしかないのである。
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