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どれくらい走っただろうか、しばらく前から速度を落として走っていた馬車が静かに止まった。エルネストには正確な時間はわかりようもないが、既に日は暮れているはずである。ロマリアを出てサロメニアに入っている事だけは間違いない。
(追いつかれたか?)
箱の中で膝を抱えたままエルネストは身を固くした。
「エルネスト様、近くの農家から馬を盗んできます。少しだけお待ちください」
レナトの声だ。走り続けた馬が潰れる寸前で、馬を替えるために止めたのだ。
「レナト、今どのあたりだ?」
「私はサロメニアの地理に明るくありませんが、恐らくもう半ばは過ぎているでしょう。あと二刻も走ればガルシャに入れるかと」
「そうか、あと二刻か」
その二刻が生死の分かれ目だ。
しばらく待つと、再び馬車が走り始める。
エルネストはポケットから潰れたビスケットを取り出し食べ始めた。
四つ目のビスケットを口に含んだ時、短い嘶きと共に馬車が急停車した。
続いて起きる剣戟の音。
剣音はすぐに収まり、何者かが荷台に乗ってくる気配がした。
「ちっ、誰も居ねえ!」
荷台に上がって来た者が乱暴に箱を蹴り飛ばす。
エルネストの入った箱も激しく蹴られた。
「どうします隊長? 一応箱の中身を調べますか?」
「うーむ、面倒だが仕方あるまい」
エルネストは心臓を鷲掴みにされたように固まった。
と、その時、レナトの大声が聞こえてきた。
「はっはっは、かかったな、サロメニアの雑兵共、エルネスト様ならとっくに別方向から脱出している!」
「クソッ、おとりの馬車か! はかられたわ!」
「今さら引き返したところで遅い! 貴様らごときに討ち取られるエルネスト様ではないわ」
「黙れ、この死にぞこないが!」
剣が肉を切る嫌な音がして、その後大きな物が地面に倒れる音がした。
(馬鹿レナト! 逃げろって言ったじゃないか!)
エルネストは心中で罵りながら感謝した。
「隊長、さきほど報告の有った山の方に逃げた子供が本命ではありませんか?」
「うむ、妾の子供は山岳地帯に逃げたに違いない。全速で引き返すぞ!」
隊長と思しき男の号令で、数十人の足音が遠ざかる。
息苦しくなる静寂の中、エルネストはしばらく動かなかった。
どのタイミングで外に出るかは生死を分け得る。
少なくとも馬車が完全に敵の視界から外れるまでは待たなければならない。
だが、そういつまでも待ってはいられない。できれば夜が明けるまでにガルシャに入りたい。
エルネストはゆっくりと数を数えた。
千を数えたところで懐から短剣を取り出し、箱を壊す作業に取り掛かる。
四半刻ほどでようやく外に出ることが出来た。
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