弐日目 苦しみの絆

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 授業終了を知らせる最後のチャイムが鳴る。  琴音さんを連れ出した理由は特になかった。どこかに行きたかった訳でもないし、何かを話そうと思っていた訳でもない。ただ、あのままの空間に居続けたら危険だと僕が判断したからである。  だがしかし、ずっとその空間から逃げられるわけもなかった。授業始めのチャイムが鳴ってもなお学校内をグルグル回っていた僕らは、捜索に当たっていた先生に即見つかってしまい、強制的に元の教室へと戻された。  教室に戻った時には既に黒板の落書きは消されており、机に書いてあったチョークの暴言もきれいさっぱり消されていた。多分、先生にバレることを避けるために自分たちで消したのだと思われる。立ち回りがとてもうまい。ただ、人を嘲笑うかのような笑いだけはどうしても収まっていなかったが。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  授業が全て終わった。  蒼生が教室から去ろうと席を立つと右肩に鈍い衝撃が走り、終始バカにして嘲笑っていた集団が「ごめーん」とわざとらしく謝る。  僕は過去に多くのいじめや嫌がらせを経験してきてこういうのにも慣れてしまっていたが、こういうわざとらしい謝り方をされるのは慣れていても軽めに言って死ねと思ってしまう。  蒼生はその感情を抑えつつも、屋上前の階段まで向かう。一体とこで話し合うつもりなのだろうか。確か屋上へのドアには立ち入り禁止いう張り紙と(くさび)のようなものがまとわりついていたような気がするのだが。 「遅い。一体何してたのさ。」 「何もしてないよ。っていうかそれは僕が遅いんじゃなくて葵が早いだけだよ。」 「·····まぁどうでもいいけど。とりあえず、屋上に行くわよ。」  その言葉に蒼生は聞き間違えたかと思って、「は?屋上?」と問いかける。  屋上へ向かうドアにはやはり立ち入り禁止の紙と楔が塞いでおり、明らかに入ることが出来ない。 「ほら、よく楔を見てみ?ちなみにこれ私たちがやったわけじゃないから。」  その言葉に促され、蒼生は扉にまとわりつく楔に向けて視線を移す。よく見ると楔の一部が切れているのが分かる。なぜこの学校はこんなにもガバガバ警備なのか·····。 「さぁ、屋上に行くよ。ほらほら、先に入って!」  葵が扉を開け、所々に張られている楔を避けながら屋上へと足を踏み入れる。  黒く汚れた床、錆び付いたフェンス。どうやら屋上に関しては学校の職員たちも手をつけていないらしい。 「すごい景色だねぇ」  葵がフェンス越しに外を眺めてそう言う。  たかが学校の屋上だと思って舐めていたが、実際来てみるとだいたい街は一望できるのでびっくりする。これだけ一望できれば、昔からここの地域で伝統的に行われている夏祭りの花火も余裕で見えそうだ。あの祭りは地域でやっているものなので、陣取り合戦がかなり激しいからいつも困る。  それにしても、ここまで来て話すこととは一体何なのだろうか。  すると葵は蒼生に背を向けたまま重い口を開き始める。 「·····ねぇ、蒼生。突然こんなこと聞いてごめん。蒼生はさ、どうすればこの世界を変えられると思う?」  まさかの質問に蒼生は少々驚きながらも、そうだねと言って顔を下に向ける。  この世界·····。  いじめという存在を否定し続けるこの世界。人は権力に脅え助けることすら出来ず、見てはいけないものと捉え自らの視界を奪い、その現実に対して見て見ぬふりをする。  僕らはこの世界を変えたかった。こんなクソみたいな世界を変えたかった。変えたかったんだ。でも、心の中のどこかでもう一人の自分が語りかけてくるのだ。  ――本当はもう、分かってんだろ。  現実はそう上手くは行かない。この世界は変えられない。こんな小さな1人の力じゃどうしようも出来ない、と。  それでも1人でも多くこの世界から救えたら、数少ない味方になってあげたらと思って行動してきた。その行動が本当に正しい事なのかどうかを分からぬまま。 「·····私はね、全てを壊せば変えられると思うの。破壊から生まれるものってあるでしょ?私はそれをめざしているの。」 「破壊·····。それはどういうこと?この間違った世界を破壊するってことか?」  すると葵はくるっと蒼生の方へと体を向けてその質問に答え始める。 「んー、ちょっと違うかな。目的はそうだよ。ただ、それにはあるやり方があるの。まず、邪魔なやつを排除する。こういう感じでねッ!」  ――ッ!?  その瞬間、葵の蹴りが蒼生の腹へと直撃し、屋上の壁へと勢いよく打ち付けられ倒れる。 「痛ったっ!いきなり何すんだよ!お前、今自分が何をしたのか分かっているのか?」 「うん、分かってるよ?自分のしていることくらい。あーあ、君があの子を守ろうとしなければこんなことされなくても済んだのにね·····。悪いけど邪魔だから、排除させてもらうよ。」  邪魔·····?排除·····?  なぜ僕を邪魔者だと言うのだ。僕らはあの時この世界の現状を知り、この世界を変えようと誓った仲間だったじゃないか。共にこの世界を変えようと力を合わせていたじゃないか。なのに何故·····。 「――何故、琴音さんをいじめる。何故、机にであんなことを書いた·····。」 「あーバレちゃった?そうだよ。私が君たちの机にチョークで書いた犯人。よく分かったね。」  やはりそうだった。あの時、水道で葵と出会った時。あの時の葵の手はなぜかチョークにまみれていた。そして教室に来た時には琴音さんの机には書かれていなかったのに、水道から帰ってきた時には書かれていた。  まさかあの葵がとは思っていたが、今の行動でそれが確信に変わった。やはりこいつが犯人だった·····。 「·····何故だ。なぜこんな真似をする。お前は、仲間じゃなかったのか!」  蒼生がそう言うと葵はさらにもう1発蹴りを入れる。 「あぁ、もうそういうのやめたんだよね。仲間?馬鹿じゃないの?私は1度もあなたのことを仲間だと思ったことはないわ。」 「ふざけるな·····。じゃああの時の誓いはなかったってことなのかよ。どうしてそんなに変わってしまったんだ!お前はもっと·····。」 「うるさい!私のことをわかった気にならないで!」  葵はそう言うと倒れた蒼生に向かって今度は数回にわたって蹴りを入れる。  意識が徐々に遠ざかっていく。それと同時に生暖かい血が臓器の流れを逆走し、中から込み上げてくる感じがする。そろそろまずいか。 「·····なんでそんなやり方しか出来ないんだ。暴力だけでは何も解決しない。それはお前も分かっているはずだろ。」 「私からしてみれば蒼生のやり方も滑稽だよ。なんで自分を犠牲にしてまで他の人を守るの?自分を犠牲にするくらいだったら、その問題自体を破壊するのがあってると思わない?」 「自分を犠牲に·····。確かに言っているとこはあっている。でも、だからといって暴力で全てを解決するなんて、それは解決にならない。そんな馬鹿げた理由で許されるはずがない!」  蒼生は目の前に立つ葵に向かって強く、願いも込めて言い放つ。  葵のしようとしていることの大体は今までの発言からおおよその予想がつく。要は下のやつらを蹴散らして自分の権力を高め、その上でカースト上層部の奴らも一人一人潰していくというやり方。それがこの人の言う破壊というやり方だ。しかし、葵の目標を達成する際に邪魔となったのは僕の存在だった。  琴音さんを守る者と破壊をする者。それは言わば正義のヒーローと悪役のように分かり合えることの無い存在。しかしどちらもやり方が相対するだけで、この世界のためだと思って行動をしている。どちらもヒーローなのだ。ならば、果たして正義というものは一体何なのか。  ふと葵の方へと目を向けると、葵は両手を強く握りしめてその場で突っ立っている。  蒼生は逃げるならば今しかないと思い、壁に体を押し付けながらゆっくりとその場から立つ。そして壁をつたいながらゆっくりと屋上から去った。
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