零日目 プロローグなどない

4/4
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
 ――久しぶりに来たな。  蒼生は夢翔の家の前まで来ていた。夢翔と蒼生の家は徒歩5分圏内にあり、昔はよく遊びに行っていた。それも1年前までの話だけれども。  これは余談だが、この真田家はあの真田幸村の家と関係があるらしい。そのため、幼い頃はよく夢翔がいろんな人に自慢してたものだ。  蒼生はインターホンを1回押し、相手の反応を待つ。すると、夢翔が「ちょっと待ってな」と言って戸を開ける。 「うちへようこそ。さ、入って入って!」  蒼生は「お邪魔しまーす」と挨拶をし、夢翔の家へと上がる。  奥のキッチンからいい匂いがする。どうやら今日はカレーのようだ。 「もうすぐで晩飯出来るから、リビングで待っていてくれ。」  蒼生は「分かった。」と言ってリビングへと足を踏み入れる。  テーブル、テレビ、雰囲気といい、全て1年前と変わっていない。この家は本当に何も変化がない。 「蒼生くんいらっしゃい。ゆっくりしてってね。はい、これカレーね。」  テーブルに3つのカレーが置かれる。  この人は夢翔の母親。昔から物凄く美人のお母さんで、本当にこの人も昔からずっと変わってない。銅像かと思うくらい老けない。きっと料理の腕前も上手いまま変わらないのだろう。 「わざわざありがとうございます!いただきます!」 「おいこら、フライングすんじゃねー!俺も食べるんだよっ!」  唐辛子の入った入れ物を持ってきた夢翔が急いで席へと座る。  夢翔は昔からカレーが出ると必ず辛口。更には唐辛子を大量という根っからの辛党なので、夢翔のためにこの家には辛いものが沢山ある。ちなみに僕は辛いのは苦手で、どちらかと言うと甘党である。 「あ、そう言えば取っておきの話があるんだけどよー。俺の家系って真田幸村と深い関わりがあってな。実はさ、あの大坂の陣でさ·····。」 「その話、何回も何十回も聞いたぞ?ってかその話本当なんか?真田幸村が生き延びて、その家系の子孫が夢翔の家って。」 「あぁ!本当に決まってんだろ?かぁちゃんによると、この家に伝わる伝統らしいぜ。もしこれが嘘だったら俺、自害するわ!あっはっは!」  そうひと笑いした夢翔が唐辛子を大量に投入したカレーを口に入れ始めたその時、夢翔の母親が申し訳なさそうな顔をしながら二人の目を交互に見て、そして―― 「·····あのー、お二人に非常に言い難い事なんですけど、実はその話全部嘘です。」  それを聞いた蒼生は「え?」と聞き返す。夢翔に関してはもう口に入れようとして開けた口が塞がっていない。 「実は、あの話は全部私の作り話なんです。夢翔を喜ばせようとしてついた嘘だったんだけど、そしたらその話を夢翔がいろんな人に自慢しちゃってもう今更ネタばらしするのもややこしいかなと思って言えなかったの。ごめんね。」  夢翔の顔はどんどん真っ青になっていき、唐辛子の色に対して補色の色になっていくのが見てわかる。何せ、多くの人に自慢してきた話が、誇りを持っていた自分が全て崩れ去ってしまったわけなのだから、もう頭は真っ白だろう。  しばらくの沈黙があった後、夢翔が震えた声でやっと口を開く。 「それって本当なの·····か?うそじゃないよな?」 「ええ、嘘じゃないわよ。これが事実よ。」 「そんなぁぁぁああああ!これからどうすればいいんだよぉぉおお!!」  夢翔の見たことも無い叫び姿と共に、2人の笑い声が家の中に響いた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 「じゃあ、ゆっくりと話を聞くとするか。」  蒼生は夢翔に連れられるがまま、夢翔の部屋へと足を踏み入れる。  部屋はきちんと整理されており、部屋にはベッドやゲームが置いてあり、隅には小さいテレビ、更には勉強用の机が置いてある。  夢翔はそのまま座るのはあれだからとクッションを2つ用意して、2人であぐらをかいて座った。  少しの沈黙が続いたあと、蒼生が口を開く。 「実は、信じてもらえないかもしれないんだけど、僕は人の寿命が見えるんだ。視覚的に。人の頭の上に数字が見えて、それで分かるんだ。馬鹿げた話だけど本当なんだ。·····ここまでは理解してくれる?」 「なんかいきなりすごい話をしだしたな。うん、まぁ話は聞こう。」  夢翔はポテトチップスを食べながら話を聞き続ける。  毎回思うことなのだが、夢翔の部屋に来ると必ずどこからともなくお菓子が出てくる。特に親から出されたわけでもなく、持ってきている素振りもない。どこかに隠してあるのか·····?  ――いや、それよりも話しだ。 「それで、夢翔は僕の好きな人を知っているだろ?その人の頭の上には7に米印みたいなものがくっついていたんだ。普通の人ならば数字のみ書かれているはずなのに·····。」  夢翔は「なるほどな」と言ってポテトチップスをさりげなく蒼生に勧める。 「つまり俺に相談っていうのは、その米印が何かを突き止め、ついでに琴音を共に救って欲しいと。」  蒼生は口へポテチを運ぼうとしていた手を一瞬止め、軽く頷いた。夢翔はその蒼生の姿を見て、顎に手を当てる。  薄々分かってはいたが、やはりそう簡単には信じてもらえないか。それはそうだ。こんな馬鹿げた話を信じる方が間違ってるし、そもそもこの数字が寿命だという確信もない。兄弟のような関係と言っても、話を信じる信じないには関係な·····。 「その相談乗った!必ず俺が救ってみせるぜ!両方な!」 「――やっぱり信じてくれないよな。まぁこの話を信じる方が·····って、え?信じてくれるのか?こんな馬鹿げた話を·····。」 「言っただろ?俺はお前の力になりたいって。それに、面白そうじゃん!」   多分、夢翔が話に乗った理由は力になりたいとか信用してるからという訳ではなく、確実に面白そうということからだろう。とにもかくにも、話に乗ってくれて良かった。 「ってかさ、それってテレビに映ってる人にも通用するのか?試してみようぜ。」   そうか。考えたこともなかったが、この能力はテレビに出ている人にも通用するのか?もしこれで通用したら、写真でも通用するのだろうか。また、そこに映る寿命は映った時の時期のものなのか、現在の時期と同じものなのか。考えるだけで疑問がどんどん湧いてくる。まぁでも映ったからってそんな早々に何かが分かるわけ·····。  ――ッ!? 「·····なぁ夢翔。この人って今朝亡くなってたよな?」  夢翔は「ん?どの人?」と言ってテレビに向かって凝視する。  あるバラエティ番組に映っているその人は多分、今朝亡くなっていた。いや、今日のニュース番組でやっていたので間違いない。だが、そこが問題ではない。問題なのはその人に浮かぶ数字。その数字は·····。 「10に米印。そして、この人は今朝亡くなった。夢翔。もし、収録してからオンエアまで時間が10日空いていたら·····。」 「えー、つまり10の米印は日付を表していると仮定すると10日が寿命という事になる。そうすれば条件と合致する。ってことは·····。」  ――琴音さんは7日しか生きられない。  そんなこと有り得るのか。琴音さんは今日を含めてあと7日で死に至るのか。しかし何故、どうして、どうやってそうなるんだ。 「夢翔。僕はどうしたらいい。どうやったらあの人を救える。どうすれば、どうすれば!」 「おい蒼生!落ち着け!お前が取り乱してどうする!とりあえず、7日後になんの死因で死に至るのかがわからない限り手は打てないだろ。だから、まずそこからだ。順に一つ一つ解決していこう。」  夢翔は蒼生の両肩を掴んで言葉を放つ。  夢翔の言う通りだ。僕が取り乱して何になる。それに死因はまだわからない。もしかしたら病気が死因かもしれないし、事故、殺人、いろんな状況が考えられる。  今日を合わせてあと7日。あと7日の時間を使ってあの人を、琴音さんを僕が救わなければ。  蒼生は窓の外に輝く夏の大三角形を見上げる。  この日から僕達の時間との戦いは始まった。プロローグなどない(ぜろ)日目が。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!