壱日目 ラムネ

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 ――琴音さん遅いなぁ。  蒼生は放課後に待ち合わせをしている琴音を校門で待っていた。だが、授業が終わってから30分以上も経っているのにも関わらず、一向に来る気配がない。  ――さすがに探しに行った方がいいか。  蒼生はそう思い、再び学校の方へと歩みを進める。  しかし、どうして来ないのだろうか。もしかしたら、一緒に帰ってる所を他の生徒に見られたくないから時間を遅めているのか·····。いや、琴音さんは礼儀正しい。そんなことするはずがない。  確か部活も入っていなかったはずだし、これだけ遅いのは確実に何かがあったとしか思えない。  蒼生は琴音さんのことを心配しながらも、とりあえず教室へと向かい、覗いてみる。しかし教室には誰もおらず、さっきまで誰かがいた気配もない。  ――これで行くあてが無くなったな。  やっぱりいきなり話しかけてきた初見の人に放課後用があるから帰り話そうなんて言われたらさすがに引くよな。今日はもう帰って、明日ちゃんと謝ろう。  蒼生が帰ろうと教室から廊下を通り、階段へと差し掛かったその時、第2校舎へと続く廊下の方向から女子の声が響いてるのに気がつく。  蒼生はもしかしたら琴音さんがいるかもしれないと思い、第2校舎の方へと歩みを進める。  すると徐々に声が大きくなり、第2校舎の廊下の奥で3人の女子の姿が目に入る。その中琴音さんが含まれていて、他2人はどこかで見たことがある顔だ、確か隣のクラスだった気がする。しかし、なにか様子がおかしい。  第2校舎はパソコン室や工作室、美術室や音楽室などのいわゆる副教科のために使う教室がそこには集められている。  だから余程のことがない限りは放課後にはあまり人が立ち入らないはずなのだが、こんなところでわざわざ話すなんて明らかに様子がおかしいと思ったのだ。   蒼生は少し様子を見ようと3人にバレぬように壁へと姿を隠す。 「それで、話って言うのはなんですか?」 「もう勘づいてるでしょ〜?実はさ、またうちの母親が病気になっちゃってさ〜。でも、前も言った通りお金が無いわけですよ。」 「だから、私がまたお金を払えと·····。そういうことですね。」  ポニーテールの女子が「そうそう。」と言って話を続ける。どうやら、ポニーテールの女子は前回もお金を借りている感じらしい。 「だからぁ〜、3万くらいでいいから貸してくれないかな?おねが〜い。もちろん、従わなかったら·····分かってるよね?」  ポニーテールの女子がそう言うと、もう1人のお団子ヘアーをした女子が琴音さんに向かってスマホの画面を見せる。どうやら相手のスマホに琴音さんの弱みを握られているらしい。  だが、その画面を見た琴音さんの顔色は何も変わらず、琴音さんは再び口を開きはじめる。 「それはお断りします。何度も言っていますが、返すつもりのない人に貸す訳にはいきません。」 「ふ〜ん。そんな口答えをしていいんだ〜?私があなたの言うことをはいはい分かりましたって素直に聞くと思う?」  ポニーテールの女子がそう言うと、琴音さんの髪の毛を手で掴み、そのまま頭を地面へと擦り付けた。すると、もう1人のお団子女子が押さえつけられた頭へと上履きを履いた足で踏みつける。  これは酷すぎる。これは明らかにいじめだ。早く助けなければ。  しかし、どうやって助ける。とにかくこの場から逃す必要がある。ならば、ここから一直線に走って琴音さんを連れ去るしかない。  ――早く!行かなければ!行かなければ·····。  あれ、何故だ。なぜ足が動かない!  目の前には明らかないじめの現場。そしていじめられる好きな人。僕は彼女を救おうと誓ったのに·····。何故だ·····。  こんな光景はもう二度と見たくはないのに·····。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  あれは、小学校5年生の頃。僕には夢翔とは別の親友と呼べる友達がいた。その名前は浅間 玲於(レオ)。僕らはゲーム好きという共通の話題によって仲良くなり、その後はよく2人でゲームをしたり、遊んだりしていたのを覚えている。しかし、ある時事件が起きた。  それはとある日の理科の実験授業でのこと。玲於と同じ班になった男子の1人が友達と話したりしていて全く実験に参加せず、その姿を見た玲於がその男子に文句を言ったことから事の発端が始まった。  その男子は学校のカースト制で言うといわゆる上層部の方で、五六人のグループを作っていつも悪さを繰り返していた。そんな男子に文句を言ってしまったことによってそれは喧嘩、いじめへと発展し、それはもう酷かった。  時にはトイレの中に閉じ込められた上に蹴りを何回も入れられたり、ものを隠されたり、金を要求されたりもした。それを僕は知っていながらも、起こっていることを見て見ぬ振りをして助けもしなかった。自分がいじめられることが怖かったのだ。  そしてある日、僕は玲於にこう言われたんだ。なんで助けてくれないんだ。僕らは親友だと思っていたのに。もう誰も信用しない。お前なんて死んでしまえ、と。  僕はその時思った。所詮僕は自分のことしか考えていない最悪な奴だと。自分の為ならば親友でも犠牲にする最低な奴だと。そしてなぜか勝手に思い込んでいた。僕は権力やいじめには屈しない、正義のヒーローだと。  だからもうこれ以上逃げない。これ以上友達を見捨てたりなんかしない。そう誓ったはずなのに·····。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  ――足が動かない。  まるで魔法にかかったかのように動かない。あれだけ誓ったはずなのに、いざその時が来たとなると動かない。  僕はやはり臆病者なのか。目の前で起きているこの場から自分だけ逃げてもいいのか。僕は·····。僕は·····! 「僕の彼女に手を出すなぁああ!」  蒼生は大声と共に2人の元へと必死に走って近寄る。そしてその声に驚いて動きを止めた刹那、蒼生は琴音の左手を手に取り、颯爽と第一校舎の方へと駆ける。  遠く、遠く·····。とにかく遠くへ。ただそれだけを考え、ひたすらに走り続ける。 「·····蒼生くん!ここまで来ればもう大丈夫だよ。それに疲れたっ·····」  琴音が自分の手を引っ張りながら走り続ける蒼生に向かって声をかける。すると、その声に蒼生が気づき足を止めた。 「あ、ごめんね!つい本気で走ってしまって·····。」  そう言って繋がった右手を離し、あたりを見渡すと校門が自分の後方へと位置しているのが確認できた。そのことから蒼生はいつの間にか校門まで走ってきていたのだという事を自覚する。  思えば、とにかくあの場から逃げることに夢中で、琴音さんのことを全く考えていなかった。これは勝手な行動をしたことも含めて謝罪しないといけない。 「·····琴音さん、さっきはごめんなさい。僕が勝手な行動を取ってしまって。」 「え?なんで蒼生くんが謝るの?謝るのは私の方だよ。巻き込んでしまってごめんなさい。」  ――琴音さんは優しい。  あれだけのことを毎日されて、さぞかし辛い思いをしているに違いない。もし僕だったら不登校になるレベルだ。なのに琴音さんは、いじめられたのは自分が悪いのだと、巻き込ませた自分が悪いのだとそう捉える。琴音さんは優しい、優しすぎるよ。 「それにしても、私のことを彼女呼ばわりしたのはちょっと驚いたかな」 「そ、それはしょうがなかったんだ!とっさに思いついた言葉がそれしかなくて、つい!」  その言葉の何が面白かったのか分からないが、琴音さんは突然くすくすと笑い始める。そして蒼生もその笑いにつられるかのように笑い始める。  もしあの時、自分だけ見て見ぬふりをして逃げていたらどうしていただろうか。そしたらきっと今頃の自分は後悔してるだろう。僕はやっぱり臆病者だと自覚しながら。  人を1人助けられた。好きな人を助けられた。その喜びと嬉しさが僕の胸に染み渡る。  あの時、勇気をだして足を踏み出してよかった。この笑顔を見られてよかった。本当に·····。 「じゃあ行こっか!例の話を聞かせてよ!」  蒼生は琴音に向かって「うん!」と言って頷く。  この時、僕はまた1歩成長できた。そんな気がした。
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