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「んで、話っていうのは何?」
琴音が並行して歩く蒼生に笑顔で問いかける。
そう言えば話をする約束はしていたが、具体的にどのような話をするのかという点は考えていなかった。
とりあえず今日の目的は仲良くなることと、ついでに人間関係の方についても触れることなので、それに沿った話をしなければ何も情報を得られない。あの事実を見てしまった後に人間関係についてを聞くのは少し自分の中で迷いが生じるが、時間が無い。もう聞くしかあるまい。
「·····あのさ。琴音さんってあの人たちになんでいじめられてるの?」
琴音がその言葉を聞いて、笑顔だったその顔が一瞬にして真顔へと変わる。
やはり聞いてはいけない事だったか·····。
やっぱり今日は聞くのをやめて明日にした方がいいかもしれない。いや、ダメだ。僕はもう迷わない。僕がどれだけ周りに嫌われようとも、どれだけ琴音さんに嫌われようとも、必ず救ってみせると決めたから。だから·····。
「ねぇ。蒼生くんはラムネ·····好き?」
突然の質問返しに蒼生は一瞬キョトンとした顔をする。
琴音さんが見る先にはコンビニが位置しており、そこには「まさに青春の味、ラムネ!」というキャッチフレーズと共に新発売を告知する壁紙がコンビニの窓に貼られていた。
「ラムネは好きだよ。」
突然の謎質問返しにまだ動揺しつつも、蒼生は動揺しているのを隠すために冷静を装いながらそう答える。
これも公表をあまりしたことがなかったが、実は僕はラムネがかなり好きだ。ラムネはお祭りがあると必ずと言っていいほど買うし、自分の屋台食べ物ランキングでも3位以内には入るほど好きだ。ちなみに1位は断然わたあめ。しかし、なぜこのタイミングでラムネの話に·····。
「じゃあさ、ちょっとそこのコンビニで買って行こうよ!」
琴音がコンビニを指さしてそう言うと、蒼生は琴音に勢いよく腕を掴まれて、コンビニの中へと連れ込まれる。
コンビニの一番奥。ドリンク売り場の所の下段の方に置いてあるラムネを手に取り、それをレジで1人1本購入する。
お互い片手にラムネを持ちコンビニの外へと出た後、ラムネの蓋を開けてビー玉が落ちたのを確認してからラムネを喉へとゆっくり通す。
やっぱりラムネは美味しい。口の中へとたくさんの気泡が入り込み、その気泡がシュワシュワと音を立てながら弾けて消える。
「これが、青春の味か。」
ところで青春の味ってなんなのだろう。青春というのは人によって様々な解釈をされる。例えば花火をしたら青春、恋愛することが青春、夢を追いかけるその過程こそが青春という人もいる。
しかし、その青春が僕らには分からない。
「·····今日の事なんだけど、心配しなくていいからね。これは私自身の問題でもあるし、元はと言えば私が悪いの。」
そう言って琴音は蒼生の目の前を通り、再び道を歩きだす。
なぜこの世の中は虐められる側にも原因があるという変な理屈に囚われているのだろうか。
友達に相談してもスクールカーストの権力にひれ伏し、誰も味方をしてくれず、先生や親に相談しても虐められた側の問題を先に探し始める。
そして学校へ行きたくないと言って不登校になりかければ親は行きなさいと叱り、先生に助けを求めようといじめられたその場でアピールをすればうるさいと怒鳴られ、誰からも心配など何一つしてくれない。
――こんな世の中は間違っている。
僕はこの間違った世の中を壊したかった。この世の中が僕の人間関係を破壊し、消し去った。だから僕はもう二度と失いたくはないんだ。今の笑い合えるこの日常を、目の前で歩くあの人の笑顔を·····。
「琴音!」
蒼生は背を向けて歩く琴音の肩を掴み、自分の方へと振り向かせる。
人は自分を正しいと思うことによって理性を保てる。だが否定をされ続けたら、お前が悪いのだと言われ続けたらどうなるであろうか。答えは簡単だ。何も周りに相談出来ず、誰かの前で泣くことさえも許されない。だからその辛さを、苦しさ偽りのを笑顔で隠す。そう·····
「――琴音、もう泣いていいんだ。さっきから涙を堪えるのはもう知ってるんだ。今まで辛かったよな。だけどもう大丈夫。僕が必ず助ける。なぜいじめられたのかはいつか言ってくれればいいから。心配しないで、僕はいつまでも言ってくれるまで待ってるから!」
蒼生がそう言い放つと、琴音は堰を切ったかのように涙を流して蒼生の胸で泣き始める。
·····ある女性は言った。
盲目であるのは悲しいことだ。けれど、目が見えるのに見ようとしないのはもっと悲しいことだと。
周りはきっといじめがあることに気づいている。その現状が見えているのに、見えないふりをする。そして、その環境はいじめられる方が悪いのだと本人へ自己暗示を掛けさせ、本人の視界までもを奪ってしまう。まるで、親が子供に「見てはいけません」と言って目隠しをさせるように。
だから、僕はその目隠しを解いてあげたい。君は悪くない、僕は何があっても味方だから、と。そしてこの人の笑顔を守ってあげたい。今は無き本当の笑顔を。
「·····蒼生くん。ありがとう。私、蒼生くんがいればもう寂しくなんてないや。いつか、相談させてもらうね!」
泣き止んだ琴音から放った言葉と共に出た笑顔はラムネのガラス玉よりも透明で、空と一体化する程に透き通っていた。
――まさに青春の味、ラムネ。
馬鹿げたキャッチフレーズだ。実際、僕らには青春なんてものは存在しない。そんなものは見せかけの輝きだ。現実はいじめや確執、嫉妬や支配欲で満たされた泥水であり、青春はまさに泥水を加工したラムネ、理想郷と言っていい。
そして忘れてはならない。誰しもが持っている青春よりも輝かしいその笑顔がその泥水によって失われていることを。
僕はもうそんな泥水なんかに支配されない。その場の空気を読んだり、見て見ぬふりをしたり、上っ面の関係で付き合ったり、誰かをいじめて蹴落としたり·····。そんなことをしてまでも自分のテリトリーを守り、謳歌する青春なんて僕はもういらない。
「あーあ!何が青春だ!青春なんてクソ喰らえ。これが僕らの現実だッ!」
蒼生はそう言うと勢いよく片手に持っていたラムネをアスファルトの地面へと投げつけた。
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