壱日目 ラムネ

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「それで?なんか手がかりは掴めたのか?」  電話の先は無理やり一緒に帰らせるという謎状況をセッティングした真田夢翔だ。  ちなみに、今の時刻は夜の十時となっている。いつもならこの時間はYouTubeを見ている時間だが、電話で話したいことがあると言っていたので、わざわざ時間を割いて現状報告をしている。 「一応わかったことと言えば、琴音さんはある2人の女子からいじめを受けているということくらいだな。」 「え?それってあいつらか?ポニーテールのやつとお団子ヘアーのやつか?」  夢翔がその女子を知っていることに少し驚きつつも、蒼生は「うん」と返事を返して話を続ける。 「それで僕はその現場に出くわして、そこから救ったあとは一緒に帰って·····。」 「ん?ちょっと待て。救ったってどんな感じで救ったんだ?あの女子二人はカースト上位層レベルだからかなり手強いはずだぞ?普通の男子でも殺されてるはずなのに。」 「僕の彼女に触るなぁって叫んで、相手が呆気にとられてる隙を狙って逃げたんだ。」  蒼生が説明する一方で、電話越しの夢翔はその言葉を聞いて黙ってしまった。少しの沈黙が二人の間を流れたあと夢翔がゆっくりと口を開く。 「·····蒼生、君は何をしてるのか分かっているのか?校内に琴音の彼氏だという噂が広まるんだぞ。琴音のことを悪く言っている訳では無いが、もしそうなったら次の標的はお前になるかもしれないんだぞ。それでもいいって言うのかよ·····。」 「次の標的·····。僕は別にそれでもいい。あの人の笑顔を守るためなら、あの人を救うためだったら、僕はどんな試練でも受けてみせる。」 「違う。そういうことを言ってるんじゃない。お前はいつもそうだ。自分で勝手に正義を掲げて自分自身を人のために犠牲にする。それは自分の首を締めていることと同じなんだぞ。分かってるのか!」  夢翔は珍しく蒼生に対して厳しい言い方をする。  自分自身を犠牲にしているのは僕でも分かっている。もしかしたら次の標的は僕になるかもしれないということもわかっている。だけど、僕はもう二度とあんな顔を見たくないんだ。裏切られたって言われたくないんだ。だから、ここで引き下がるわけにはいかない。 「それは重々承知だ。でも、琴音さんを救うためにはこれしかないんだ。時間が無いんだ。だから夢翔、分かってくれ。」  その言葉を聞いた夢翔は「うーん」と言って何かを考え始めたかのような反応を示す。  確かに立場の低い琴音さんの彼氏と言う噂が広まると僕もいじめの対象になるかもしれない。だけど、自分はいじめられたくないからと言って汚れた空気をまた読んで、自分の目を塞ぐのはもうごめんだ。 「·····分かった。蒼生がそこまで言うなら俺もできるだけサポートする。だけど、ひとつ言わせてくれ。俺もそこまで強くはない。蒼生のような強さは持っていないんだ。もし蒼生が危機的な状況に陥っても、俺が助けられるかどうかは分からない。それだけは覚えておいてくれ。」 「あぁ、分かった。ありがとう。」 「そんなことで礼は言うな。じゃあ、達者でやれよ。」  夢翔がそう言い残し、電話を切る。  きっと、夢翔は僕のことを心配している。琴音さんの1件に首を突っ込んだことによって昔に戻ってしまうのではないか。あの頃に戻ってしまうのではないかと危惧している。  本当は僕も怖い。この関係が崩れてしまったら、僕の行動が全てを崩れさせてしまうのではと思うと恐怖で眠れなくなる。  ――ある人は言った。  何かを得るためには何かを失わなければならないと。もしこれが本当のことならば、僕はこれから何を得て、何を失うのだろうか。 「·····あと五日。何としてでも琴音さんを、あの笑顔を守ってみせる。」  満月が照らす夏夜(かや)。細川 蒼生はここに誓った。
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