弐日目 苦しみの絆

1/4
前へ
/32ページ
次へ

弐日目 苦しみの絆

 やはり想像していた通りになった。  学校へ登校し教室へと入った途端、黒板には相合傘で「細川」と「笠原」という文字が刻まれている。そして自分の机へと向かうと、机にはチョークで「死ね」や「キモイ」など暴言が乱雑に書かれている。まぁ、あれだけのことを大袈裟にしてしまったのだから、その噂が広まればこういう嫌がらせが起こるのもほぼ確定事項だ。  カバンを机の横にかけると蒼生は教室の窓側に掛けてある雑巾を手に取って、水道の方へと向かうために教室を出る。その光景を横目に1部の男子達がくすくすと笑いを漏らす。  思えばこんなに分かりやすくいじめるなど今まで無かった。今まではなんというか陰湿で、琴音さんをいじめる時も裏でコソコソとという感じだったのに、何故ここまで表に出てきたのだろうか。表に出てくればバレやすくなることを分かっているはずなのに。  蒼生は階段を降りて2階と1階の間に位置している水道に着き、冷水で雑巾を濡らし始める。すると、隣に見覚えのある女子が蛇口をひねり手を洗い始める。 「どうしたのさ、雑巾なんか濡らしちゃって。」  その声は優しく温かみを持った琴音さんの声ではなかった。冷たく、なんだか人を軽蔑しているように感じる。そんな声だ。だが、わざわざ自分から話しかけてくるだなんて―― 「珍しいな。それに、君が僕に心配をかけてくるなんてことも珍しい。どういう風の吹き回しだよ、丸山(あおい)さん。」  ――丸山 (あおい)。  僕と夢翔のもう1人の幼なじみだ。  出会ったきっかけはまたもやあの公園で、幼き頃に僕と夢翔が遊んでいる時に出会って、いつの間にか仲良くなっていたらしい。  その後は小中と同じ学校に入り、現在は琴音さんをいじめていた2人と同じクラスに所属している。  なぜここでその2人のことを出したかと言うと、実はこの葵という人物はその2人ととても仲が良く、よく話している所も見たことがある。だからあの時二人に見覚えがあったのだ。なので琴音さんのいじめ問題を解決するためには、この人物の協力が必要だと踏んでいる。ちょうど今日、話し合うための約束を取り付けて放課後辺りにその事を話そうとしていたので、タイミングが良かった。 「いきなりフルネーム呼びとかやめてよー。気持ち悪い。私たちは昔からの幼なじみでしょ?」 「そっちもいきなり悪口かよ。ほんとにお前は変わってないよな。」  ――いや、変わった。  葵という人物はまるで白から黒へと変化したように変わった。昔は声も優しくて温かみがあって、誰よりも思いやりのある人だった。そう、まるで琴音さんのように。  しかし、優しさや思いやりがあるということが逆に男子だけには態度が違うと思われてしまい、小学生の頃に酷いいじめにあった。今思えば、当時男子に人気があった葵に嫉妬をし、蹴落とそうとしていたのではないかと思っている。  そして今はその優しさ、その温もり、全てをなくしてしまった。いや、消されてしまったのだ。あの時に·····全てを。 「あ、今日話したいことあるから、放課後に屋上前の階段まで来てくれない?」 「放課後か。もちろんいいよ。それにしても、葵が話したいとか本当に珍しいことを言うな。今日は雪でも降るんじゃないのか?」 「うっさい!夏なんだから雪が降る訳ないでしょ?いいから来てよね·····。」  葵はそう言い残すと急いだような感じで階段を駆け上がって去っていった。  蒼生はそういう意味で言ったわけじゃないんだけどなと思いながら、雑巾を絞りきり階段を昇る。  これは言っていなかったことなのだが、実は僕と夢翔と葵は越境進学というものでこの中学校へと入学してきている。  越境進学というのは普通は区間で決められた学校へと進学しなければいけないのだが、その学校へは進学せず、区間をとびこえて違う学校へと進学するという制度である。  僕らはその制度を使って、あのクソみたいな小学校の同級生と違う学校に進学することに成功したのだ。よって、この学校には僕らをいじめてきた奴らはいない。いないはずなのだが、やはりどこに行っても同じらしい。  蒼生が教室まで戻るとまたあの男子達がくすくすと笑っているのがみえる。しかし、今度は笑っている目の矛先が違う。  教室の前方。見覚えのある後ろ姿。よく見ると、その人の机にも同じようにチョークで暴言を書かれている。 「お、あいつが帰ってきたぞ。惨めな姿だなぁ。」  帰ってきた蒼生に気づき、笑いの矛先が蒼生へと変わる。  笑っているのに鋭い目。まるでナイフのような目が僕らを突き刺してくる。そして、その目から放たれたナイフが一つ一つちゃんと痛くて、放たれたナイフによって切り刻まれた体は再起不可能な状況まで追い込まれてしまう。過去の僕らも幾度も追い込まれた。  ――しかし、今は違う。  僕は変わったのだ。いや、変わらなければならないのだ。琴音さんのために。この世の中を変えるために。だから·····。 「·····琴音さん、ちょっと話があるからきてもらってもいい?」  蒼生はそう言うと琴音の方へと近寄り腕を引っ張って、笑いを背に受けながらも教室の外へと出る。 「ちょっと!どこへ行くの!?」 「まぁ着いてきて!」  蒼生と琴音、2人の影は廊下の奥へと消えた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加