壱日目 ラムネ

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壱日目 ラムネ

f46b6540-422c-42f1-8efd-7fa856ca9538  校内に大きな鐘の音が響く。  この音を合図に、人はあらゆる所へと分散し、各グループの中へと消えていく。固体から気体へと状態変化する構造を簡単に説明する材料として使われるのもよく分かる。  今までのように人だけが見えていればまだ良かったのだが、数字が見えるようになってからはその数字が目障りに感じてイライラしてくる。特に昼休みの時間帯は人が次々と目の前を通るので、とても目障りに感じる。  とりあえず、昨日の話を整理する。    まず昨日分かったことは、米印は日にちを表すという事だ。そして、このことが分かったことにより、琴音さんは7日しか生きれないということも同じく分かった。だが、ここからが重要だ。  なぜ、琴音さんはあと7日しか時間が残されていないのか。それを突き止めなくては話にならない。可能性としては沢山ある。物騒ではあるが、病気、事故、殺人などなどである。  しかし、僕にはひとつの問題があった。それは、まだ琴音さんと1度も話したことがないということだ。  これは死因を探る者としてはものすごい痛手だ。少なくとも、琴音さんが静かな人ということも関係あるのだが、この問題の主な原因は好きな人を目の前にすると緊張して話せないということからである。だが、そんなことをしている余裕はない。そこで、僕は1日ずつ目標を定めた。  その初日。今日の目標というのはずばり、琴音さんと話をすることである。ついでに人間関係の方にも少しずつ探りを入れていきたい。  って言っても、いきなり知らない人が話しかけてもビックリしないだろうか。そもそもどうやって話しかければいいんだ。そうだ。そう言えば、そこの当たりはまだ考えてなかった。あぁ、どうすればいいんだ! 「どうした?なに頭抱えて悩んでるんだ?」  その声を聞いて一瞬で誰か分かった。奇跡的に兄弟のような関係になり、奇跡的に同じクラスになり、奇跡的に馬鹿げた話を信じてくれた夢翔くんだ。 「夢翔くんならば、奇跡的に会話もしてくれるよね。」 「は?何言ってんだ?琴音さんとは話はできたのか?まさか、緊張して話せないとか言うんじゃないだろうな?」  そう問われ、蒼生は何も言い返せない。  やはり、兄弟のように接してきた人にはその事すらもお見通しなのだ。だが、逆に言えば自分も夢翔のことは大体わかる。つまり、僕が夢翔が何をするためにここへやってきたのかもお見通しなのである。 「では、夢翔殿。我に話せるようになるための策をくだされ。」 「うむ、よかろう。では拙者が話題を作り上げますので、しばしお待ちを。」  そう言い放ち、夢翔は琴音さんの方へと消える。やはり、解決策を持っていたようだ。っていうか、今の会話は完全に厨二病だったような気がするのだが、まぁそこはスルーして·····。 「蒼生ならこれわかるかもな·····。なぁ蒼生ー!この漢字ってなんて読むんだー?」  夢翔が机の上に置いてある本を指しながら蒼生へと問いかける。  蒼生は漢字という言葉を聞き、「どれどれ〜?」と言って自慢げに夢翔の元へと近づく。  実は数学が苦手という代わりと言ってはなんだが、僕は国語全般が得意なのだ。そして、漢字もかなり得意な分野に入る。だから、ここは夢翔に頭いいアピールを出来るチャンスなのである。 「さぁ、どの漢字ですかな?僕に任せなさい。」 「この漢字が分からないらしいんだが、なんて読むか分かるか?」  そこに書かれていたのは雪割草という漢字。このような花や草の名前は一般の人ならばわからない人も多いだろう。だが、僕には分かる。 「この植物の名前は雪割草(ゆきわりそう)って言うんだ。僕は小学校の低学年まで花が好きだったから間違いないと思う。」  これはあまり公表したことがなかったが、僕は幼い頃から小学校低学年にかけて花が大好きだったのだ。  それにしても、「枯れた雪割草」というこの一文は多分花言葉の意味も関係させているように見える。花言葉を使って登場人物の性格などを表す小説をいくつか見たことがある。とすると、この文章は何を表しているのだろうか。あれ、雪割草の花言葉ってなんだっけ。 「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました。」  突如耳に響く澄み渡った声。その声を聞いた瞬間、蒼生は固まった。  突然聞こえたその声は、先程聞いた奇跡の人からの声ではない全くの別人。頭いいアピールをしようと思って夢中になっていたから全然気がつかなかったが、この机の位置や椅子に座るこの姿。この人は間違いない。 「確か、話したことなかったよね·····?じゃあ自己紹介します!私の名前は笠原 琴音(ことね)です。よろしくです。」 「あ、僕は細川蒼生。そして、こっちの人は真田夢翔。これからよろしくね。」 「こっちの人ってモノ扱いすんじゃねぇー!扱い雑すぎるだろ!!」  琴音はその漫才のような様子を見て、「うん!よろしく」と少々笑いながら言葉を返す。  なぜ話しかけていたのが琴音さんだったことを最初に気づかなかったのだろう。夢翔に琴音さんと話せるようになるために作戦を実行していてくれてたのに、すっかり忘れていた。あんな変な自慢顔をさらけ出して情けない。  それにしても、やっぱりこの人の笑顔は最高だ。普段は静かなのであまり笑うことは無いが、ふとした時に起こるこの笑顔がとても可愛い。って、こんな気持ち悪いことを考えている余裕はない。  琴音さんの上に浮かぶカウントダウンへの数字。そこにはハッキリ「6※」と書かれている。つまり、今日を合わせてあと6日しか生きられない。早く、死因となるような原因を突き止めなければならない。 「あ、琴音さん。そう言えば、蒼生が放課後話したいことがあるらしいんで一緒に帰ってあげてください。」 「はぁ!?ちょっお前何を言ってるんだっ·····。」 「まぁいいだろ?俺達には時間が無いんだ。あと、大事な話があるから今日の夜に電話するわ。」   夢翔は蒼生に小声で伝えたあと、「じゃあ、よろしくお願いします!」と琴音に言ってその場から立ち去る。  取り残された二人の間には少し沈黙が流れたが、その沈黙を打ち破るかのように昼休み終了の予鈴が鳴る。  一応話の流れとしては僕が誘った形になっているのだから、このまま僕が口を開かない訳にはいかない。それに、夢翔がせっかく作ってくれたチャンスだ。それを潰してたまるか。  でも、こうやって女子と放課後話す予定とか、なんかデートを誘うみたいで緊張するな。 「·····んじゃあ今日の放課後に校門集合でいいかな?」 「え?うん、いいよ。じゃあ今日の放課後ね。」  蒼生はそのあっさりとした返事を聞いて、「え?」という疑問の言葉が脳内であちこち再生される。  2人で帰ろうと誘ったらこんなあっさりと承諾してくれるものなのか?僕の恋愛経験が少ないだけなのか?  まぁ、とりあえずは琴音さんに近づくきっかけが作れたのだから良しとしよう。問題はここからだ。  ――こうして校内に授業開始の本鈴が響いた。  
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