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天国からの風
久しぶりに風邪をひいた。
39度を超える熱なんていつぶりだろう。頭は痛いし、頭のつま先から、足のてっぺんまで熱い。
あれ。なんかおかしなこと言ったかな。
頭はぼやけてるし、世界が回っている。世界ではないか、俺の頭が回っているのか。
何が正しいとか、これは正しくないとか、余計なこと考えると余計に辛い。これほどだったとは、風邪も馬鹿に出来ない。
幼い頃。まだ小学生だった俺は、同じような風邪をひいたことを記憶している。だが、これほどの辛さとは記憶していない。
……だけど、どうしてか。
辛いだけじゃない。額に感じるひんやりとした気持ちいい何か。
これは身に覚えがある。
今でこそ、東京なんて都会に住んでいるが、子供の頃は北海道に住んでいた。詳しくは、北海道札幌市とよひ……。
母方の田舎は富良野。何もない場所だったが、子供からすると楽園のような場所。
夏休みには毎年のように遊びに行っていた。
そんな、ある夏のことだった。
富良野について早々、風邪をひいた。それも、初めて39度を超える熱で俺は死を予感していた。
この時の話を母にさせると煩いのだが、その中でも、少しだけ言葉を拝借すると、「『遺言』とかどこで覚えたのか、使い方も知らない言葉を馬鹿の一つ覚えみたいに、唱えていたよ。知ったかぶりして、強がってる今のあんたと大差ないよ。だいたいね、あんたって子は……」と、この辺りにしておこう。20000字のゆとりがあっても足りそうにない。
そんなわけで、せっかくの夏休みなのに、何もできずに布団で横になり、大好きなゲームも出来ない自分のことを、虫かごの中の蝶々みたいだなんて思っていた俺は、寝るしかなかった。
その時、嫌な夢を見たんだ。
山が噴火して、灰が降って、みんなで逃げるんだ。
どこまでも、どこまでも。
遠くまで逃げるんだけど、熱さからは逃げられなくて、辛くて、もうだめだってなったときに、ひんやりとした大きな風が俺の体を、山を、街を、みんなを包んだ。
その風は俺をあやす様に、癒す様に、優しく包み込んでくれた。小っ恥ずかしいけど、愛ってやつを感じたんだ。
ハッとして、目がさめると、ばあちゃんが額に手が置いてくれてた。
その手はひんやりしてて、気持ちよかった。
あまりにも冷たいもんだから、なんで、手が冷たいのか聞いたら、魔法よって、ウインクしてから、次は頭を撫でてくれた。なかなかに、茶目っ気のあるばあちゃんだったわけだ。
傍らには氷水が入った桶が置いてあったのが目に入ったんだけど、『ばあちゃん、なまらすげぇなぁ』って、気付かないふりしたのはいい思い出だな。
手の温もりから、愛を感じるなんて言うけど、手のひんやりから愛を感じたなんて俺くらいなものだろう。
その時の冷たさに似てる。この感覚。
「はー。なまら気持ちいい。ありがとう。ばあちゃん」
「ん? ばあちゃん? 失礼ね」
「え?」
「世話してあげてるのに、ばあちゃん呼ばわりはひどいんじゃないの?」
いつのまにか寝てたのか。目を覚ますと、眉間にしわを寄せた妻の姿があった。
「あ。わりぃ。ばあちゃんの夢みてた」
「あら、そう。どんな夢?」
「うーん。こんなに熱が出る風邪、小学生以来でさぁ。その時、横になってた俺の額に、ばあちゃんが手を乗せてくれてたことがあってさ。そん時の夢」
「へぇ。意外ね。おばあちゃん子だったんだ」
「そう言われてみれば、そうだったのかもなぁ。その手がなんまら冷たくて、ひんやりとした感覚が今でも思い出せる。その時の冷たさにお前の手が被ったわけだ」
「それは光栄だわ」そう言った妻の眉間はすっきりしていた。
その後、昨年亡くなったばあちゃんとの思い出を語った。
愛の形は変わったけど、今も昔も愛してくれる人、愛する人がいる。この幸せを自分の子供へ、孫へと伝えていきたい。
ばあちゃんがそうしてくれたように。
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