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その後、15時からパレードが始まるというので、私たち3人は、園内中央に聳え立つ、お城の前へと向かった。どうやら、お城を取り囲む通路にパレードが通るらしく、すでに場所取りをしている人がいる。
「ちょっと出遅れちゃったかな。まなちゃん、見える?」
人垣のだいぶ後方に立ち、私は通路を見ようと背伸びをした。この人の多さでは、まなちゃんがパレードを見るのは難しそうだ。
すると、黒川君が、ひょいっとまなちゃんを肩車した。身長の高い彼の肩に乗れば、遠方も見渡せるだろう。
「たかい、たかい!」
まなちゃんは王子様の肩車にご満悦のようだ。
「あっ、パレード来たよ!」
お城の裏側から、楽し気な音楽と共に、ダンサーや着ぐるみのキャラクター、カラフルな色の山車が近づいて来た。
「レディース&ジェントルマーン!今日は暑くないですか?暑いですよね?」
先頭に立つ燕尾服の衣装を着た男性が、ステッキを回して口上を述べ始めた。
「そんなゲストの皆様に、我ら、ファンタジーランドの住民から、プレゼントです!」
その声が終わるやいなや、山車から一斉に水が噴き出す。ダンサーたちもどこに隠し持っていたのか水鉄砲を取り出し、突然、観客に向けて水を飛ばして来た。どうやらこのパレードは、観客に水を掛けるウォーターパレードだったようだ。
歓声を上げる観客たちは、喜んで水を浴びに行っている人もいれば、慌てて逃げて行く人もいて、様々だ。けれど総じてみんな楽しそうだ。
「きゃあっ!」
「つめたい!」
私とまなちゃんにも水が掛かり、私たちは思わず悲鳴を上げると、顔を見合わせた。びっくりしたが、この夏空で水を浴びると気持ちがいいし、何より楽しい。
「まなちゃん、びしょ濡れだね」
「おねえちゃんもだよ~♪」
歌で返したまなちゃんは、どうやらすっかりミュージカル王子に影響されてしまったようだ。
「まな、とってもたのしい~♪おうじさまは?」
まなちゃんが肩車をしてくれている黒川君の顔を覗き込んだ。黒川君も水を被ったのか、せっかくのセットが崩れ、前髪から水が滴っている。これぞ「水の滴るいい男」というやつだ。けれど黒川君はまなちゃんの問いかけに答えず、ぼんやりとしている。
「おうじさまはたのしくないの?」
突然黙り込んでしまった黒川君が心配になったのか、まなちゃんが不安そうに身を乗り出した。
「……そんなこと、あるわけないよ~♪まなちゃん♪俺もとっても楽しいよ~♪」
返って来た歌声に、まなちゃんはほっとしたように黒川君の頭に抱き付いたが、
(んん?なんだか黒川君の様子がおかしい?)
私は小首を傾げた。
その時、どこからか携帯電話の音が聞こえて来た。
「あ、俺だ」
黒川君は一旦まなちゃんを地面に下ろすと、デニムのポケットからスマホを取り出し耳に当てる。
「はい、もしもし。ああ、そうですか。ではすぐに向かいます」
短いやり取りをした後、通話を切ると、まなちゃんと視線を合わせ、
「まなちゃん、お母さんが見つかったって」
と優しい声音で話しかけた。
「迷子センターからの電話だったの?」
私が尋ねると、
「うん、そう」
短い肯定の返事が返ってくる。
「そうなんだ、良かった!」
私は両手を合わせると、笑顔を浮かべた。それならば、一刻も早くセンターへ戻った方がいいだろう。
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