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まだパレードを見たいとぐずるまなちゃんを何とか説得し、迷子センターへと戻ると、無事にお母さんに引き渡した。
「まな!怖い思いをさせてごめんね」
お母さんに抱きしめられたまなちゃんは、「ううん」と首を振る。
「おうじさまとおねえちゃんがいっしょにいてくれたから、たのしかったよ。それにおうじさまが、いっぱいおうたうたってくれたんだ」
まなちゃんはお母さんから離れて駆け戻ってくると、黒川君の足にぎゅっと抱き付いた。
「おうじさま。いっぱいおうたをありがとう」
黒川君はしゃがみ込み、まなちゃんの両手を握ると、
「……君の未来に、幸あれ♪」
小さな声で囁くように最後の歌を歌った。
「ばいばーい」
手を振って去っていくまなちゃんを見送った後、私は黒川君を振り向いた。
「黒川君、もしかして、素に戻ってる?」
ズバリ問いかけると、黒川君は一瞬目を見開き、すぐにばつの悪そうな顔で横を向いた。
「いつ?……もしかして、パレードで水を被った時?」
質問を重ねると、こくりと頷く。
(まさかイケメンモードから地味系男子への切替スイッチが、髪形だったとは)
きっと濡れてセットが崩れ、素に戻ってしまったのだろう。
それなのに黒川君はまなちゃんの為に、最後まで「歌う王子様」を演じ続けたのだ。
(優しいな、黒川君……)
私は黒川君を見直すと、その目を見つめた。地味系男子に戻ってしまったが、今日の彼はメガネをしていないので、前髪の間から、長いまつげに彩られた瞳がよく見える。
(地味系でも、イケメンには違いないんだ)
私は今更ながらそのことに気づき、思わず赤くなりながら、
(そりゃそうだよね)
自分のうかつさに肩をすくめた。
そして、所在無げに立ち尽くしている黒川君の袖を取ると、軽く引っ張った。
「さあ、行こうよ、黒川君。まだまだ見ていない場所があるよ。今度は未来の国にでも行く?」
「文月さん……いいの?」
黒川君は私の言葉に、なぜか驚いた顔をしている。
「いいって何が?それよりも早く行こう!日が暮れちゃうよ」
私は黒川君を振り返り、行く先を指し示すと、先に立って歩き出した。
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