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「いや~、いっぱい遊んだね~」
お城の前のベンチに座り、私は隣の黒川君を振り向いた。先程太陽が沈み、今は徐々に空が藍色へと変わりつつある。
「花火は19時半からだね。あと5分かぁ。ドキドキするね」
私は腕時計に視線を落とすと、パンフレットに記載されているイベント時刻表と照らし合わせた。この夏、初めての花火だ。期待が高まる。
周囲には私たち以外にも、花火を待つ客たちがいた。みんな今日1日遊び尽くしたのだろう、満足げな表情で、この日最後のイベントを今か今かと待ち望んでいる。
そんな雰囲気の中、隣の黒川君はお城の方角を見つめて、黙り込んだままだ。
(花火あんまり好きじゃないのかな?)
手に持ったジュースを吸いながら、そんなことを考えていると、
「……文月さん」
黒川君がふいに静かな声で私の名前を呼んだ。
「うん?」
短い返事を返すと、
「今日は……迷惑かけてごめん」
黒川君は、ぽつりと謝罪の言葉を口にした。
「えっ?急にどうしたの!?」
突然の謝罪の意味が分からず、目を丸くする。彼に迷惑をかけられた覚えはないのだが。
私がきょとんとしていると、黒川君は意外そうに目を瞬き、
「いや、だって……今日、俺、変だっただろ」
きまりの悪そうな表情でぼそぼそとそう説明をした。
「黒川君が変なんて、いつものことじゃない」
今更、あらためて言われる程のことでもない。
私の返答に、黒川君は何とも言えない顔をした。
「……文月さんは、俺といるの、嫌じゃないの?迷惑だとか、恥ずかしいだとか」
俯いてしまった黒川君の表情は、薄暗さも手伝って、よく見えない。
「別に、迷惑だとか、恥ずかしいだとかは、思ったことないよ。まあ、吃驚はするけどね」
私は苦笑したが、すぐに「でも私は黒川君といると楽しいよ」と言い添える。
すると黒川君は、ハッとしたように顔を上げ、私を見た。
「……っ」
彼が何か言いかけた時、ドーンという音がして、お城の上空に花火が上がった。
「わあ!始まったよ、黒川君!」
「…………」
一瞬で火花になってしまった花火に向かって指を差す。その指をなぞるように視線を動かし、黒川君も夜空を見上げた。
再び、ドーンという音がして、2発目の花火が上がる。
「綺麗だね!」
「……そうだね」
次々と打ち上げられる花火に歓声を上げる私の横で、黒川君はただ黙って、鮮やかに彩られる夜空を見つめていた。
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