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翌日、焼いたケーキを手に登校した私は、持って来たはいいが、どう言って黒川君に渡したらいいものか考えあぐねていた。
(いきなり『ケーキを焼いて来たから食べない?』って言うのも変だよね)
何か自然と渡せる理由付けが欲しい。
「うーん」と頭を悩ませていると、ふと、そういえば先日、男の娘モードの黒川君にイヤリングをプレゼントしてもらったことを思い出した。
(イヤリングのお礼、これだ!)
立派な理由を見つけて、ぽんと手を打つ。
昼休みになり、香澄たちとお弁当を食べた後、私は「用事があるから」と言って席を立った。教室にいない黒川君の姿を探して中庭へ向かう。
渡り廊下から外へ出ると、予想通り、地味系男子モードの黒川君は中庭のベンチに座り、パンを食べていた。今日も足元には三毛猫がじゃれ付いている。
「黒川君」
私は小走りに駆け寄ると、彼を呼んだ。黒川君はゆっくりと振り返ると、
「あ、文月さん……」
黒ぶちの眼鏡越しに私を見た。
「どうかした?」
「黒川君を探してたんだよ。これをあげようと思って」
手にした紙袋を差し出すと、黒川君は不思議そうに受け取り、中を覗き込む。
「これ……パウンドケーキ?」
「そう。前に黒川君、美味しいって言ってくれたから、また焼いてみた」
黒川君が吃驚したような顔をしたので、
「前にもらったイヤリングのお礼……だからねっ」
私は正当な理由を主張するように力説した。
「……ありがとう」
ふわりと微笑んだ黒川君に、思わずドキッとする。
(うわっ、今の顔、すごくレアだ……)
彼の顔を見ていられなくなって、私は誤魔化すように隣に腰を下ろした。猫を抱き上げ、膝の上で頭を撫でながら、黒川君を盗み見る。彼は早速、紙袋からパウンドケーキを取り出し、包みを開けると、
「美味しそう。いただきます」
ぱくりと口にし、
「うん、やっぱり美味しい」
微笑を浮かべて私を振り向いた。
「そ、そう。なら良かった」
思わず目を反らし、ツンとしたように答えてしまい、心の中で、
(あああ、私、何言ってるんだろう。せっかく褒めてくれたのに、感じ悪いよね)
と頭を抱える。
けれど黒川君はそんな私の内心に気づいた様子もなく、
「文月さんは食べないの?」
と問いかけた。
「それ、黒川君の分だから。私の分は家にあるの。……と言っても、もうお母さんが食べちゃってるかもしれないけどね」
昨日の母親の言葉を思い出し、肩をすくめる。すると黒川君は、手にしていたパウンドケーキを半分に割ると、片方を私に差し出した。
「じゃあ、半分こ」
まるで、いつかの時と同じような展開に、思わず心臓が鳴る。
(あの時は、確か黒川君は爽やかイケメンモードで、私に「あーん」をしてくれたんだっけ……)
もしかして今日もまた……とドキドキしていたら、
「はい、どうぞ」
黒川君は私の手の上にパウンドケーキをのせた。
「…………」
黙り込んだ私を見て、
「……どうかした?」
不思議そうな表情を浮かべている。
(何、期待してたんだろ、私)
どこかがっかりしている自分に気づき、自嘲する。
(最近おかしいよ、文月朱音)
まるで自分を戒めるかのように名前を唱え、私は唇を引き結んだ。
(好きとかじゃない、絶対。だって……)
もし好きになったとしても、演技の為に交際し、誰も好きになったことのない黒川君は、私を好きになってはくれない。
(そんなの不毛じゃない)
思っているより悲しい気持ちになっている自分を誤魔化すように、私は晴れた秋の空を見上げた。
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