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(すっごく見られてる気がする……)
安藤先生の日本史の授業を聞きながら、私は背中で黒川君の視線を感じていた。
体育祭の一件があってから、彼はことあるごとに私に物問いたげな眼差しを向けてくる。その度に私は視線を反らし、黒川君の方を見ないようにしていた。
(だって、あんなことされた後に、普通に接することなんて出来ないよ)
体育倉庫での黒川君の真剣な瞳を思い出すと、胸が締め付けられるような気持ちになる。
(なんであんなことしたの?黒川君。……「オレの女になれ」だなんて、本気だったの?)
そう考えて、すぐに内心で否定する。
(そんなことない、あれはきっと私をからかっただけ。笑えない冗談)
私は自嘲気味に唇を上げると、気を取り直して、日本史の授業に集中することにした。
しばし安藤先生の講義に耳を傾け、江戸時代の日本に思いを馳せた後、昼休みに入った。
いつも通り、香澄と隅田さん、田辺さんと机を囲み、お弁当を広げる。
今日の香澄のお弁当は、一口サイズのコロッケに、ゆで卵、プチトマトとパセリ。相変わらず色鮮やかで美味しそうだ。
「今日の香澄ちゃんのお弁当も美味しそうだね」
私が香澄の手元を覗き込みながら言うと、
「ありがとう。でも、朱音のお弁当も美味しそうよ。最近は朱音も自分で作っているんでしょ?」
と褒めてくれる。家庭科部で料理をするようになってから、私もたまにお弁当を自作するようになっていた。
「へえ~、文月も自分で作るようになったんだ」
「すごいな」と目を大きくした隅田さんに、
「時々ね。毎日は大変だから無理」
と苦笑いをする。
「でも、前より料理は好きになったよ。お菓子もよく作るようになったし」
「どんなお菓子を作ってるの?」
甘いものが好きだと言う田辺さんが、興味を引かれたように尋ねて来たので、
「アップルパイとか、りんごのコンポートとか、タルトタタンとか……」
指を折って教えると、
「りんごのお菓子ばっかりだね。でも美味しそう!今度持って来て欲しいな~」
とお願いされてしまった。
「うん、いいよ」
「やったあ、楽しみ!」
頷くと、田辺さんは両手を合わせて喜んでいる。その姿を見ていると、りんごのパウンドケーキを喜んでくれた黒川君の姿と重なった。
ついこの間の出来事なのに、遠い思い出のような気がする。
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