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私はそっと後方の席へ視線を向けた。教室の後方では、黒川君や矢場君を含む男子たちが、思い思いに机の上や椅子に座り、大声で笑いながら雑談をしている。
「昨日の歌番組見たか?沢城耀香が出てたやつ」
「見た見た!耀香ちゃん可愛いよな」
話題に上っている沢城耀香とは、読者モデル出身の歌手で、すらりとした手足と小さな顔、大きな瞳が人形のようで可愛いと人気だった。
「新曲、いいよな~。そういえば今度映画にも出るんだぜ」
「えっ、マジ?俺、絶対見るわ」
「なあ、黒川。お前、耀香ちゃんにコネないの?俺、会ってみてーわ」
矢場君が黒川君に話を振った。ジュースを飲んでいた黒川君は、顔を上げると、
「沢城耀香?そういえば前のドラマ撮影の現場で、そんな名前の女がいたな」
不遜な態度で腕を組んだ。黒川君はここしばらく、オレ様王子モードが続いている。
「マジか!じゃあサインとか写真とかもらって来てくれよ!」
「俺も俺も」
目の色を変えたクラスメイト達に、黒川君は口の端を上げて笑うと、
「いいぜ」
と頷いた。
「出来れば連絡先も頼むな!」
「むしろ合コン設定してくれ」
更に調子に乗り始めた男子たちに、黒川君は「オレに出来ないことはない」などと安請け合いをしている。
黒川君が本当に沢城耀香と合コンを設定出来るまでの力があるのかどうかは分からないが、
(あんなに可愛くて有名な子と知り合いなんだ、黒川君)
その事実だけでも充分に私は驚いていた。
同じ教室にいる黒川君は身近なクラスメイトの一人なのに、私の手の届かない世界にも属している人なんだと、改めて実感する。
(なんだか、不思議)
そんなことを考えながら、ぼんやりと黒川君のことを見つめていたら、黒川君がふと、こちらを向いた。バチッと目が合い、急いで視線を反らす。
「どうかした?朱音?」
不自然な私の行動に気が付いたのか、香澄が問いかけて来たが、私は慌てて、
「ううん、なんでもない」
と首を振った。
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