裏切りのフォルトゥーナ

3/11
前へ
/97ページ
次へ
 しばらくの間、そうして寄り添っていたが、どちらからともなく体を離すと、私たちは手を繋いで歩き出した。 「さっき紫藤さんと話していたオーディションって何のことなの?」  気になって聞いてみると、黒川君は、 「前にふたりで見た、父さんの遺作があっただろ?今度、あれのリメイクをすることになったんだ」 と嬉しそうに微笑んだ。 「ええっ!?『裏切りのフォルトゥーナ』っていうタイトルの映画だよね?」  黒川君は「うん」と頷き、 「当時の監督の息子さんが監督を務めるんだ。父親の未完作品を完結させたいらしい。今は出演俳優を探している段階らしいよ」 「へえええ」  目を丸くして相槌を打つ。お父さんの遺作がリメイクされ完結するなんて、黒川君にとって、きっととても嬉しいことに違いない。  そう考えていると、私の心の中を読んだかのように、 「俺、絶対出たいんだ、その映画。だからオーディションを受けることにした」 と強い決意の言葉が返ってくる。 「何の役でオーディションを受けるの?」 と尋ねながら、きっとひとつしかないだろうと思う。 「主人公のエリートサラリーマンの役」  思った通りの答えに、私は微笑んだ。 「きっと黒川君に決まるよ」 「だといいな」  黒川君はほんの少し不安を滲ませながら微笑みを返すと、夜空の月を見上げた。 *
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加