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しばらくの間、そうして寄り添っていたが、どちらからともなく体を離すと、私たちは手を繋いで歩き出した。
「さっき紫藤さんと話していたオーディションって何のことなの?」
気になって聞いてみると、黒川君は、
「前にふたりで見た、父さんの遺作があっただろ?今度、あれのリメイクをすることになったんだ」
と嬉しそうに微笑んだ。
「ええっ!?『裏切りのフォルトゥーナ』っていうタイトルの映画だよね?」
黒川君は「うん」と頷き、
「当時の監督の息子さんが監督を務めるんだ。父親の未完作品を完結させたいらしい。今は出演俳優を探している段階らしいよ」
「へえええ」
目を丸くして相槌を打つ。お父さんの遺作がリメイクされ完結するなんて、黒川君にとって、きっととても嬉しいことに違いない。
そう考えていると、私の心の中を読んだかのように、
「俺、絶対出たいんだ、その映画。だからオーディションを受けることにした」
と強い決意の言葉が返ってくる。
「何の役でオーディションを受けるの?」
と尋ねながら、きっとひとつしかないだろうと思う。
「主人公のエリートサラリーマンの役」
思った通りの答えに、私は微笑んだ。
「きっと黒川君に決まるよ」
「だといいな」
黒川君はほんの少し不安を滲ませながら微笑みを返すと、夜空の月を見上げた。
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