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私と香澄も封書を拾うのを手伝い、黒川君に手渡す。見ないようにしようと思っていたが、つい目に入った封書には、1年生と書かれているものが多かった。中には2年生もいるようだ。
(最近の黒川君、普通に格好いいもんなぁ。結構長い間、爽やかイケメンモードが続いているし、勘違いしちゃった人が多いんだろうな)
そう考えて、一抹の寂しさを感じ、
「…………」
思わず黙り込んだ私を、
「どうかしたの?朱音」
香澄が不思議そうに見つめている。
「あ、なんでもないよ!」
私は香澄に首を振ると、
「遅れちゃうよ。教室に行こう」
ふたりを急かして歩き出した。
(爽やかイケメンモードの時の黒川君も好きだけど、やっぱり素の黒川君に会えないのは寂しいな)
とりあえず、オーディションが終わるまでの辛抱だ。きっと彼は今、必死なのだから。
紫藤さんが黒川君のことを、「器用にどんな役もこなす」と言っていたが、それは違うと思う。黒川君は器用なのではなく努力家なのだ。むしろ不器用だと言ってもいい。
役にのめり込む癖も、不器用さの表れなのだろう。
そう考えて、ふと、私の心に影が差した。
(そういえば今回の役って、殺人者の役だよね)
朗らかで人当たりのいいエリートサラリーマンが、疑心暗鬼から、狂気に堕ちていく役だ。
(大丈夫なのかな、黒川君……。ううん、きっと彼なら大丈夫だよね)
私は沸き起こった不安を打ち消すように、黒川君の横顔を見つめた。
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