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「!」
カーテンが閉じられた照明の点いていない部屋の中で、黒川君は膝を抱え、テレビ画面に見入っていた。画面に映っているのは私が彼と一緒に見たお父さんの遺作『裏切りのフォルトゥーナ』だ。
「黒川君、入るよ?」
静かに声を掛けると、私は部屋の中へ入り、扉を閉めた。静かに彼に近づき、隣に座る。
何やら台詞らしきものをぶつぶつとつぶやいていた黒川君は、私の姿に気づくと、顔を向けた。ぼさぼさの髪に、黒ぶちメガネ。出会った頃と同じ、死んだ魚のような目をしている。
「ああ、文月さん。来たんだ」
黒川君はうつろな眼差しで私を見た。
「大丈夫?黒川君」
異様な雰囲気に飲まれながら顔を覗き込むと、彼は薄い笑みを浮かべた。
「巧く演れないんだ。こんなに彼の気持ちに近づいているのに、俺には演じることが出来ない。どうしたら父さんのようになれるんだ?」
顔を押さえて、絞り出すような声で呻く。
「こんなんじゃ、紫藤さんには勝てない。他の連中にも……。俺は演じたいんだ、父さんの役を。どうしたらいい?ねえ、文月さん、教えてよ……」
「黒川君、しっかりして。私を見て」
私は黒川君に詰め寄ると、視線を合わせた。
「黒川君は演れるよ。私が知ってる。黒川君はすごい役者だって」
一言一言、力を込めて、言葉を伝える。すると黒川君は、そんな私の顔を見て、唇の端を上げた。
「嘘だ。……君もどうせ、俺から離れていくんだろ?みんな、みんな俺から離れていく。1年生もクラスメイトも最上先生も。笑顔の裏で、俺のことを嘲っている。――君も!!」
その途端、黒川君の手が伸びてきて、私の首を掴んだ。咄嗟のことに反応できず、私は思わず身を固くした。
「離れていくぐらいなら、いっそ……」
力が籠りかけた腕を、私は必死で両手で押さえた。黒川君に、役と同じ行動をさせるわけにはいかない。
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