166人が本棚に入れています
本棚に追加
「黒川君、役に引っ張られてるよ!目を覚まして!――私は離れない!絶対に離れない!!」
心の奥からそう叫ぶ。
すると、黒川君の腕から、ふっと力が抜けた。
「文月、さん……?」
まるで、今やっと私がいることに気が付いたかのように、瞬きをする。そして、自分がしようとしていたことを察したのか、両手を見下ろして、顔を歪めた。
「俺、君を……」
最後まで言わせたくない。私はその言葉を封印するかのように、彼の体を抱きしめた。
「私はちゃんとここにいるから、大丈夫だよ」
小さな子供にするように、ぽんぽんと背中を叩く。黒川君は私の背中に手を回すと、
「ごめん……ごめん、文月さん……」
まるでしがみつくみたいにぎゅっと抱きしめた。そして、
「俺は、最低だ。君を傷つけようとするなんて。……夢だって叶わない。俳優なんて、星の数ほどいるんだ」
絞り出された言葉に、私は首を振る。
「黒川君は最低なんかじゃない。それに夢だって叶う。そうだと私が知っているから」
黒川君は少し体を放すと、確信に満ちた声音で断言した私の顔を見つめた。
「ついでに言うと、私の夢も叶う。だから黒川君は将来、私のお店でりんごのパウンドケーキを食べるんだよ。私は、黒川君が主演する映画を見に行くから」
にっこりと笑顔を浮かべると、黒川君の表情がようやく少し穏やかになった。
「……自信満々だね」
「黒川君だって、人のこと言えないでしょ。いつも私の心を読むくせに」
「……だって、本当だろ?君、俺のこと好きだろ」
「今それ聞く?」
「今だから聞く……」
そう言うと、黒川君はもう一度、私の体を強く抱きしめた。
*
最初のコメントを投稿しよう!