フォルトゥーナの前髪

4/8
前へ
/97ページ
次へ
「黒川君、役に引っ張られてるよ!目を覚まして!――私は離れない!絶対に離れない!!」  心の奥からそう叫ぶ。  すると、黒川君の腕から、ふっと力が抜けた。 「文月、さん……?」  まるで、今やっと私がいることに気が付いたかのように、瞬きをする。そして、自分がしようとしていたことを察したのか、両手を見下ろして、顔を歪めた。 「俺、君を……」  最後まで言わせたくない。私はその言葉を封印するかのように、彼の体を抱きしめた。 「私はちゃんとここにいるから、大丈夫だよ」  小さな子供にするように、ぽんぽんと背中を叩く。黒川君は私の背中に手を回すと、 「ごめん……ごめん、文月さん……」 まるでしがみつくみたいにぎゅっと抱きしめた。そして、 「俺は、最低だ。君を傷つけようとするなんて。……夢だって叶わない。俳優なんて、星の数ほどいるんだ」 絞り出された言葉に、私は首を振る。 「黒川君は最低なんかじゃない。それに夢だって叶う。そうだと私が知っているから」  黒川君は少し体を放すと、確信に満ちた声音で断言した私の顔を見つめた。 「ついでに言うと、私の夢も叶う。だから黒川君は将来、私のお店でりんごのパウンドケーキを食べるんだよ。私は、黒川君が主演する映画を見に行くから」  にっこりと笑顔を浮かべると、黒川君の表情がようやく少し穏やかになった。 「……自信満々だね」 「黒川君だって、人のこと言えないでしょ。いつも私の心を読むくせに」 「……だって、本当だろ?君、俺のこと好きだろ」 「今それ聞く?」 「今だから聞く……」  そう言うと、黒川君はもう一度、私の体を強く抱きしめた。   *
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

166人が本棚に入れています
本棚に追加