フォルトゥーナの前髪

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 『裏切りのフォルトゥーナ』のオーディションが終わり、憑き物が落ちたみたいにすっきりとした顔をして、黒川君は教室へと戻って来た。  けれど、以前の地味系男子ではない。長かった前髪を切り、さっぱりとしたヘアスタイルになった彼は、以前遊びに行った時に自宅で見たような、自然な雰囲気を漂わせている。  そして数日が経ったある日の昼休み。黒川君に中庭に呼び出された私は、いつものベンチで猫に餌をやっている彼の姿を見つけ、駆け寄った。 「黒川君!……えっ!?」  思わずベンチの手前で立ち止まってしまったのは、猫の数が増えていたからだ。 「こいつ、子供を産んだみたい」  吃驚している私を見上げて、黒川君が教えてくれる。 「い、いつの間に……!?」  黒川君の隣に腰を下ろしながら、じゃれあっている3匹の子猫を見下ろす。子猫の兄弟たちはそっくりだが、それぞれに模様の出方が違うので、そこを見れば見分けがつくかもしれない。 「可愛い」 「だよな」  お互いに顔を見合わせて、ふふっと笑う。  黒川君は餌を全て撒いてしまうと、あらためて私の顔を見た。 「オーディションの結果、出たよ」 「えっ!?」 「――合格、だって」  もったいぶるでもなくさらりと述べられて、私は思わず耳を疑ってしまった。 「本当?」 「本当。最初は役柄には若すぎるって話もあったみたいだけど、俺の演技を気に入ってくれた監督が、是非使いたいって言ってくれたらしいよ」 「すごい……すごいよ、やったー!!」  思わずベンチから立ち上がり、思い切り両手を上げたら、足もとの子猫たちが驚いたように逃げて行ってしまった。 「あ……」 (悪いことしちゃったな)  猫たちに申し訳なさそうな顔をしていた私が面白かったのか、黒川君が噴き出した。 「黒川君が吃驚させるからだよ」  唇を尖らせてベンチに座りなおすと、彼は、 「ごめん」 と言って、微笑んだ。
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