165人が本棚に入れています
本棚に追加
『裏切りのフォルトゥーナ』のオーディションが終わり、憑き物が落ちたみたいにすっきりとした顔をして、黒川君は教室へと戻って来た。
けれど、以前の地味系男子ではない。長かった前髪を切り、さっぱりとしたヘアスタイルになった彼は、以前遊びに行った時に自宅で見たような、自然な雰囲気を漂わせている。
そして数日が経ったある日の昼休み。黒川君に中庭に呼び出された私は、いつものベンチで猫に餌をやっている彼の姿を見つけ、駆け寄った。
「黒川君!……えっ!?」
思わずベンチの手前で立ち止まってしまったのは、猫の数が増えていたからだ。
「こいつ、子供を産んだみたい」
吃驚している私を見上げて、黒川君が教えてくれる。
「い、いつの間に……!?」
黒川君の隣に腰を下ろしながら、じゃれあっている3匹の子猫を見下ろす。子猫の兄弟たちはそっくりだが、それぞれに模様の出方が違うので、そこを見れば見分けがつくかもしれない。
「可愛い」
「だよな」
お互いに顔を見合わせて、ふふっと笑う。
黒川君は餌を全て撒いてしまうと、あらためて私の顔を見た。
「オーディションの結果、出たよ」
「えっ!?」
「――合格、だって」
もったいぶるでもなくさらりと述べられて、私は思わず耳を疑ってしまった。
「本当?」
「本当。最初は役柄には若すぎるって話もあったみたいだけど、俺の演技を気に入ってくれた監督が、是非使いたいって言ってくれたらしいよ」
「すごい……すごいよ、やったー!!」
思わずベンチから立ち上がり、思い切り両手を上げたら、足もとの子猫たちが驚いたように逃げて行ってしまった。
「あ……」
(悪いことしちゃったな)
猫たちに申し訳なさそうな顔をしていた私が面白かったのか、黒川君が噴き出した。
「黒川君が吃驚させるからだよ」
唇を尖らせてベンチに座りなおすと、彼は、
「ごめん」
と言って、微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!