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【番外編】黒川君の秘密
黒川主馬。17歳。高校へ通いながら芸能活動をしている。
俺には、その時仕事で演じている役にのめり込み、人格が変わってしまうという困った癖があった。
稽古期間が特に顕著で、その役のことばかり考えていると、気持ちが引っ張られてしまうのだ。
そういった時は、普段しないような行動ばかりとるので、周囲を戸惑わせてしまうのだが、本人に記憶がないわけではなく、後で「ああ、またやってしまったな」という気持ちになる。俺は未成年なので酒を飲んだことはないのだが、酒を飲むと気が大きくなる、という現象に似ているのかもしれない。
そして舞台が終わった後は気が抜けてしまい、素に戻ると、ほとんど廃人みたいになってしまうのだ。
けれど最近は、仕事と日常を切り離すコツを掴み、平穏な生活を送れるようになった。
それが出来るようになったのは、今、俺の隣で、俺が過去に出演した舞台のDVDを見ている恋人の文月朱音のおかげだ。何があっても受け入れて、側に居てくれる人が出来たという事が、自信に繋がったのだと思う。
文月さんは、先程からうっとりした表情でテレビ画面を見つめている。彼女はどうやら、俺の顔が一等好きらしい。
そんな女の子は過去にもたくさんいて、彼女たちに告白されたら、俺は断らずに交際して来た。けれど大抵、そんな子たちは、ころころと人格の変わる俺に疲れたり、廃人になった俺に失望したりして離れて行った。俺の方も、交際経験も演技の肥やしの為という打算もあったので、自業自得だとは思っている。しかしそれでも、一度好きだと言ってくれた相手が、俺を軽蔑して去って行くのは、それなりに傷ついたし、孤独感も感じた。
しかし文月さんは、顔だけでなく、素の姿の俺のことが好きだと、俺と一緒にいると楽しいと言ってくれた奇特な女の子なのだ。
俺は台本を読みながら、DVDに夢中になっている文月さんを盗み見た。頬が紅潮していて、とても可愛いと思う。やにわにその唇に口づけたくなって、俺は彼女の肩を叩いた。
「何?黒川く……!」
彼女が振り返り俺の名前を呼び終わるより早く、唇を盗む。
過去に交際していた相手とは、キスをして欲しいと言われたらしたし、されたらされるがままだった。自分からしたいと思うようになったのは、文月さんだけだ。
深く口づけながら、ふと「このまま押し倒したら怒るかな」という考えが脳裏をよぎる。俺の邪な考えを察したのか、
「く、黒川君、ストップ!」
少し唇を離した隙に、彼女に逃げられてしまった。
「黒川君の、にっ……肉食系男子っ!」
耳まで真っ赤になった文月さんは、俺のことを軽く睨みながら、唇を尖らせた。
自分が意外と肉食系だったことには、自分でも驚いている。我ながら、こんな顔があったなんて、思いもしなかった。
「前は、もっとしてよって言ってくれたのに」
拗ねた声を出してみたら、彼女は更に頰を染めて狼狽えた。
「あ、あれは、その……」
困っている文月さんを見て、思わず吹き出してしまう。
「もう!黒川君ってば、からかうのはやめてよっ」
ぽかぽかと肩を叩いてくる彼女が愛しいと思う。
いつかふたりの夢が叶ったら、一生一緒にいて欲しいと言ってみようか。
俺はその時、そんなことを考えていた。
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