黒川君、七変化

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黒川君、七変化

 黒川君が地味系男子だったのは、ほんの数日の間のことで、ある朝教室に行くと、 「やあ、おはよう、子猫ちゃん。今日も可愛いね」 髪の毛のセットもばっちりな、イケてる方の黒川君がにこやかに挨拶をして来た。 「お、おはよう、黒川君」  昨日までの冴えない黒川君との変貌ぶりに、思わずたじろいでしまう。 「今朝のご機嫌はいかがかな?」 「わ、悪くないよ……」 「それは良かった。麗しい君の瞳が少しでも曇っていたら、きっとオレの心には悲しみのブリザードが吹き荒れ、苦しさで息が止まってしまうからね」  黒川君はオーバーなしぐさで私に手を差し出した後、苦しさを表現するように胸を押さえた。 「は、はぁ……」  私は呆気に取られて、間抜けな相槌を打った。  いちいちそんなことで息が止まっていたら、命がいくつあっても足りないだろう。 (コメントしずらいなぁ……)  イケてはいるが、何だか少しずれている黒川君を、どう相手したらいいのか戸惑いつつ、自分の席へ座ると、 「おはよう、朱音。ふふっ、今日の黒川君は、チャラい系イケメンモードみたいよ」 香澄が笑いを含んだ声で耳打ちしてきた。 「チャラい系……」  なるほど、と思いながら彼を見ると、 「やぁ、山崎さん、おはよう。今朝は何かいいことがあったのかい?いつにもまして頬がバラ色で、瞳が輝いているよ。普段から美しい君なのに、輪をかけて美しくなるだなんて、さてはオレを惑わそうとしているのかい?いけない子猫ちゃんだね。そんなに麗しい君と朝から言葉を交わせるだなんて、オレは天にも昇ってしまいそうな気持ちだよ」 他の席の女子にも、何やら甘い言葉を投げかけている。 「あはは~!黒川君、もっと言ってー!」 「黒川君、私にも私にも!」  クラスメイトの女子たちは、こんな日常は慣れっこなのか、イケメンモードの黒川君を面白がっているようだ。 「なんだい?みんな欲しがり屋さんだな」  黒川君は気障なしぐさで前髪をかき上げると、騒いでいる女子たちに、パチンとウィンクを飛ばした。 「…………」  昨日までの黒川君と、テンションの差がありすぎる。私は、口から砂糖でもこぼしているのではないかと思うほど甘いセリフを連ねている黒川君を無言で見つめた。  言動はおかしいが、 (でもやっぱり、黒川君は格好いいなぁ……) 思わず彼の横顔に惚れ惚れしていると、じっと見つめている私に気が付いたのか、ふいに黒川君がこちらを振り向き、 「どうしたんだい、子猫ちゃん?俺の顔に何か付いている?それとも……もしかして、俺に見惚れている?だとすれば、俺がこっそりキューピッドに頼んだ恋の矢が、君の心に刺さったのかな」 眩暈がしそうなほど眩しい笑顔を向けた。 (ノック……アウト……)  私は心の中でKOを告げると、ばたんと机に突っ伏した。 「わっ、どうしたの、朱音!?」  香澄が驚いたように、私の名前を呼んだ。 「香澄ちゃん……私、もう、ダメ……」 「よくわからないけど、生きて!朱音!」  香澄が私の肩を揺さぶったけれど、 (ダメ、今日の黒川君を見てると、輝きで目がつぶれる) 私はチャイムが鳴るまで、そのまま机の上に突っ伏していた。
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